王家御用商人だった
「…モリスどう思う?」
「あの少年のことか?」
「それもあるけどあの村全体のことよ。」
モリスと呼ばれた、ラムリスに付いていた男性護衛はむぅと唸る。
「異常…と言うほかないな。アナ、お前はどうなんだ?」
「同意見。ジュウゲンとハヤテという少年からは只ならぬ重圧を感じたもの。反射で剣を抜かなかった自分を褒めてやりたいわ。でも…あのタクミと呼ばれた少年。」
「あぁ…凶化石鶏を瞬く間に屠ってたな。あれ、Aランクの魔物だろ?」
「そうね、しかもその亜種もいた。あれだけの大群ならば討伐ランクはA +に跳ね上がるわね。それを少年とユミカと呼ばれた少女はあっという間に倒し切っちゃったのよ?」
「タクミという少年からは重圧は感じなかったが…ジュウゲンやハヤテとは違う種類の恐怖を覚えたぞ。」
はぁ…と溜息を吐きながら村から少しだけ離れた森林に差し掛かると、そこには総勢60名を超える重騎士が揃っていた。
その中から1人、一際存在感を醸し出す男性が2人に歩み寄る。
「モリス、アナ。危険な任務、ご苦労だった。ラムリス殿も苦労を掛けた。」
「いえいえ、陛下からのご命令とあればこのラムリス、拒否する理由も御座いません。」
「そうか、助かる。よし!詳しい話を聞きたいところだが、早急にこの危険地域から離脱する!続け!」
「「「「はっ!」」」」
重騎士たちはそう言いながら敬礼すると素早く反転し、疲労も無視した様な速度で走り去っていった。
「成る程のぉ…」
【隠密】により姿と気配を消した匠の祖父、象限を残して。
◆
王都、ガルメント。その中で一際目立つ高台に位置する王城の執務室で、モリスとアナ、そして2人の上司である近衛重騎士副隊長であるオルベルクが、更に雲の上の上司でもある国王陛下の前で膝を付いていた。
「此度の極秘任務、ご苦労だった。してどうであった?」
国王、サンザール三世は目の前にいる忠臣の1人にそう問いかけた。サンザールは口調とは裏腹に気さくにそう問いかけた。サンザールは人のいい性格で人民にも好評のいわゆる善王だ。
そして国王の後ろでは片眼鏡を掛けた屈強な体躯の男性、第1秘書官であるマルクが控えている。
「は、俄かに信じがたい事ではありますが、例の村には確かに人がいました。」
「誠だったか。かの“深淵の森”に近い村に人があるとは…」
匠たちが現在住んでいる村はこの国、アルフェントス所有の特殊開拓村だった場所だ。
元はと言えば討伐任務などにつく冒険者や兵士の中継地として開拓された場所だったが、深淵の森と呼ばれる危険度Bランク以上の魔物が住む魔境が出来上がってしまった為やむ得なく破棄された。
以降あの村周辺の街道、村は次々に破棄や封鎖され、人がいなくなり更に幅を利かせた魔物が勢力を増やしていた。その1つの村が匠たちの村だったのだ。
「報告を聞いた時耳を疑ったが、こうして確認が取れた今、疑いようがないな。してその様な所に住んであるのだ何かしらの秘密があるのだろう…オルベルク、どうだ。」
「は、私の部下2名と怪しまれないために御用商人のラムリスに協力を得て村に向かわせた所、住んでいたのは15〜18位と思われる少年少女たちでした。」
「なに?大人は居なかったのか?」
「はい、見た限りでは居なかったと報告を受けております。そして更にお耳に入れておきたい事が…」
「よい、話してみよ。」
一瞬躊躇の色が見えたオルベルクに対して、国王が続きを促した。
「畏まりました、モリス、アナ。」
「「はっ!」」
「村には恐らく腕の立つ者が4名…確認は取れておりませんがまだいる可能性もあります。」
「ほう?」
モリスが先ずは軽いジャブを打った。それにアナが続く。
「その者たちの名はジュウゲン、ハヤテ、ユミカ、タクミという者たちです。」
「どれくらい強いのだ?オルベルクの懐刀とも言われるお前たちが強いと言うのだ。相応のものなのだろう?」
「…直接の戦闘を見たのはタクミとユミカという者ですが…凶化石鶏を瞬殺しておりました。」
「…は?」
「更に…オルベルク副隊長に質問を失礼します。副隊長、【突煌】を何連で放てますか?」
「【突煌】を?馬鹿なことを言うな、あれは【剣技】スキルの頂、秘技の1つだぞ。連撃で放つものではないし、放てるものでもない。かなりの無理をして、後先考えないのであれば…二連だな。」
「流石は副隊長です…しかしタクミという少年は五連で放っておりました。」
「「「なっ!?」」」
サンザール、マルク、オルベルクは一様に目を見開き驚いた。だがアナの口撃はまだ終わらない。
「更にユミカという少女、凶化石鶏を三枚おろしにしておりました…包丁で。」
「待て…待て待て待て…アナよ、お主はどこの話をしてあるのだ。」
「恐れながら、例の村の話でございます。」
「…俺、弟に王位譲って隠居していいかな?」
「陛下、素が出ております。あとそれはフランツ公爵に迷惑が掛かるのでおやめください。」
そう国王の秘書官であるマルクが窘めた。
「…俺なら迷惑がかかってもいいのか?」
「それは陛下のお仕事で御座います。そもそも前提が違いますゆえ。」
「はぁ…せっかく深淵の森周囲の封鎖と避難が済んだと思ったら…して、マルクお主はどう考える。やはりその様な者たちならば抱き込むのが得策か?」
気持ちを切り替えて陛下モードに戻ったサンザールは、マルクにそう聞く。
しかしマルクは首をゆっくりと横に振った。
「…それは得策ではありません。モリス、アナ、強いのはその4人だけと思いますか?」
「いいえ。私たちが凶化石鶏と戦っている時、周りには他にも住民と見られる少年少女がおりましたが、騒いだり恐怖している様子は見受けられませんでした。恐らくあそこはそれが日常風景と化している様です。」
「あの村に住んでいるのです。他のものが弱い…少なくとも、恐れながら私とアナがタクミという少年に勝つのは無理ですし、恐らく副隊長、隊長クラスでやっとかと。」
「…陛下、下手に彼らを刺激して此方に敵意があると勘違いされても洒落になりません。ここはラムリスを通じて信用を得て、友好を結ぶのが得策かと。」
「そこまでか…。」
「えぇ、そこまでです…現に今この時、敵対を選ぶ様であれば全員の首が飛びます。」
「なに?どういう事だマルクっ!?」
そんな言葉を聞いた…オルベルク達の方を向いているサンザールは怪訝な顔をして後ろを振り向いた。
するとマルクの後ろには今まで居なかった筈の、まだあどけなさが残る少年が立っていたのだ。
「こんにちわ。」
「「「「……。」」」」
少年…象限は和かな挨拶をするが、それに誰も答えることができない。
「まずは非礼をお詫びします陛下。私としてはこのまま様子を見て帰ろうかと思っていたのですが、何やら抱え込むなどと不穏なお話をしておりましたので、少しご挨拶をと。」
「…よ、よい、此方も不適切な発言をした事を謝罪する。」
何とかサンザールは言葉を絞り出す。オルベルク以下騎士達は、本来であれば陛下に対する不敬罪による手打ちすべき所なのだが、位置的に難しいものがあるし、第1に少年が醸し出す雰囲気が剣の柄に手を掛けるのを躊躇わせた。
「友好をという事であれば私どもも喜んでお受けします。しかし勝手にあの村に住み着いた私達にも非がありますし、国であるならば税の徴収も必要でしょう。」
国とはその基盤として税収から成り立つ。これは世界、国問わず当たり前の仕組みである。
象限はあそこに様に当たってその対価を払うと言っているのだ。
「税を払うと言っても私どもに通貨を用意するすべはありません。なので私どもが倒した動物…ここでは凶化石鶏でしたか?あれらの素材を税として納めましょう。貴方達には価値あるものなんですよね?」
「…マルク、どうだ。」
「は…一年に凡そ30匹分の素材が適切かと。あくまで凶化石鶏に限った話です、他の上位魔物であれば変動いたします。」
「…との事だが、どうだ?」
サンザールは手に汗を握りながらも象限に気丈に問いかけた内心は心臓バクバク状態である。
「ええ、それだけならば問題ありません。ではこの内容を持ち帰らせていただきます。ああ、これは非礼のお詫びという事でお受け取りください。」
と、象限は背中に背負っていた風呂敷様の包みを近くの机の上に置き、瞬く間に気配と姿が掻き消えた。
「…オルベルク、その包みを検めよ。」
「…か、畏まりました。」
一同は未だ呆気に取られているものの、すぐ様意識を取り戻したサンザールは、オルベルクに象限の置いていった包みを確認させた。
「こっ、これは!!」
「な、何が入っていたのだ!」
「…邪竜蛇の外皮、脊椎、眼球です。討伐ランクは…S、です。」
「「「「……。」」」」
「…この場にいる全員に告ぐ。この件及びかの村に関する情報の口外を一切禁止とする。ラムリスにも言っておけ。そしてマルク…」
「はっ!」
「すぐ様かの村との友好条約に関する“魂上契約”の書類を用意せよ。」
「…魂上契約、で御座いますか?よろしいので?」
「構わん、契約者は第2王子ザックスとする。我はこれがこの国を左右する重大な転機と考える…よいな?」
「はっ、お心のままに。」
善王サンザールは、ここ1番の転機、分岐を見逃さないという才覚があった。それは王である者にとって必ず必要な事で、サンザールはそれに並々ならぬ自負があった。
そしてそれが今だと頭の中で警鐘を鳴らしていたのである。
魂上契約とは、王家のみに許された魂までにその契約を結ぶ契約の事で。この下位に一般的に使われる魔法契約というものがある。
その違いというのは、契約を反故にした場合の処遇だ。
魔法契約は、反故にした場合契約書がすぐ様王家元へ飛んで行き、その悪行を報告されるのみ。
しかし魂上契約とは、その双方の契約者のどちらかがそれを反故した場合、反故した側の魂を消滅させる…いわば事実上の死が与えられる。
サンザールはその王家側の契約者を、第2とはいえ王子を指名した。サンザールの本気具合が分かるだろう。
「……俺、本当に息子に王位譲っていいかな?」
「陛下、あと30年は頑張ってください。」
象限の残した印象は、いろんな意味で衝撃すぎた様だった。
本日2話目です^ ^