不合理には不合理だった
「(最善…て、なんだ?)」
タクミは『宿り木の宿』の一室でそう自問自答していた。宿屋の女将に何か言われていたが記憶にはあまり残っていない。
残っているのはあの少女の瞳と涙…そして骸さえ残してもらえなかった灰。
【現状存在しうる可能性で最大の価値を勝ち取る行為のことです】
「(ちがう…俺が聞きたいのはそんな模範解答じゃない)」
【最適解】の模範解答でさえ今の思考には煩わしい。タクミが求めている解答は、今の【最適解】には導き出せないだろう。
所詮は天能。人間の複雑かつ不合理的な思考を読み取るはずもない。
「…タクミさん、入りますよ?」
そんな思考の沼に沈んでいたタクミの意識を、ドアのノックと共に聞こえたエリシアの声が浮上させる。その声色はどこか恐る恐る…タクミの心境を気遣ってのものだ。
「エリシアか…悪かったな、宿の手続き全部任せてしまって。」
「いえ、それは大丈夫…とは言い切れませんでしたけど、構いません。」
深い思考の渦に苛まれていたタクミは、宿に到着してからもその状態は続いていた為、エリシアが変わりに宿の手続きを行ったのだが、エリシアは元箱入り娘…箱入り姫だった。
宿の取り方なんて知っているはずもなく、何となく事情を察した女将さんが手取り足取り教えてくれて漸く…といった感じだった。エリシアは正直、女将さんがいい人で助かったと感じていた。
普通宿の取り方なんて一般常識に入る。エリシアの事情を知らない人ならば、何でそんなこともできないのか?と面倒くさそうにしたり、ある種の探りを入れてきたりするだろうが、女将さんはそんなことなく普通に接し、教えてくれたのだから。
タクミの状態に引きずられるように、エリシアも暗い気分だったのを見越した女将さんが、「お嬢ちゃんのいい人かい?」と茶化し、赤面で思いっきり否定したのは別としてだが…
「…エリシア、答えづらかったら別に無理して答える必要はないんだが、この国にも暗部…もっといえば非合法工作部隊はあるよな?」
「…えぇ、私も深くは知らないのですが、父に従える部下の方の中にはそんな方々もいらっしゃったかと。」
暗部組織がない国などまずありえない。どんなクリーンなイメージがある国だとしても、暗い部分は必ずあるのだ、それこそ日本という国にとってのタクミ達…懐刀家のように。
「…その中に子どもだけで構成されるものはあったか?」
「子どものみで、ですか?そこまでは分からないのです、すみません…さ、さすがに父もそこまで非道ではない…と信じたいところですけど…先程の件ですよね?」
先程の少女の一件からタクミが考えられる事…それは国からの刺客という線。
子どもを本人の意思とは関係なく兵器として使う所行は暗部の中でも更に深い所に位置する部隊が濃厚で、その場合は国の主でさえ知らない場合が多い。
エリシアの国…引いていうならば王族は現在王位継承権でドロドロとした状態であるが、タクミからしたらそれは普通のことという認識で済む。継承権争いの末の兄弟姉妹達の血を血で洗う謀略の数々なぞ寧ろお家芸、とも言えるのではないだろうか。
王位継承権なんて興味なく、巻き込まれた形のエリシアからしてみればいい迷惑であるが、現在はタクミ達の村…引いては国に亡命を果たしたことは本人たちにとっても僥倖だろう。
そして本当に腐っている国というのは子どもを道具として暗殺や工作に使うのを、国王が公認しているところである…というのがタクミの持論だ。
現時点ではどちらなのかは分からないが、あの少女が国若しくは暗部から差し向けられたのは明白。
何故ならこの国で名前を明かした国の運営に関わりを持つ人物は、あの"中佐"しかいないのだから。
「ああ、明確に俺の名前を確認し、攻撃を仕掛けてきたと言うことはそう言うことだろうな。女の子と状況を考えるに、弱みを握られていたか脅されていたか、それはわからないけどな。」
「そう…ですか。」
そう呟くエリシアも、実はあの光景が脳に焼き付いて離れなかった。爆焔に包まれる少女とタクミ。そしてタクミの足下に残った灰…流石にタクミが無傷ということには驚きはしたものの、あの超人的な村の住人なのでそこは以外とすんなり納得した。
しかし一瞬のうちに存在を散らし、物言わぬ死体どころか骨さえも残らなかった少女。此方は驚愕と共にこの国の差し金とタクミの口から出たとき「ああ、やっぱりか…」と悲しくも納得してしまった。
実の妹を王位という虚像の為に手をかけようとする兄弟姉妹のいる国だ、その位やるだろう…と。
「あれだけ人がいた中であれだけの騒ぎ…そして俺が無傷であることは向こう側にも既に伝わっているだろう。今後は身の回りに十分注意してくれエリシア。」
「は、はい…」
エリシアに注意を促し、今日はもう休もうということでエリシアとタクミは食堂で食事を済ませ、各々の部屋で朝を待つ。
人々が寝静まり夜が最も深い時間。宿り木の宿の屋根上に複数人の黒ずくめの人間が8人。闇に紛れ息を潜めていた。
「準備はいいか?」
「はっ。」
「…目的はタクミという少年、それに第3王女エリシアだ。迅速かつ速やかに…殺せ、散。」
屋根から予め確保していた進入経路から屋内へと入り込む8つの影。足音も最小限、コミュニケーションはハンドサインで瞬く間にタクミの部屋へと辿り着く。
情報からタクミは武術に長けているということは判明しているため最初にタクミさえ始末できれば、エリシアなんてどうとでも料理できると踏んでいた。
全員の意識が統一されたとき、一気に事は動く。
1人が鍵開けの魔法で速やかにドアを開く、そして先行して入った2人が消音の魔法、2人をドアの外に見張りとして残し、3人が手にしたナイフでベッドの上の膨らみ…首、心臓、腹部に突き立てる。
「…よし、次に行…」
「これで全員か?暗殺者。」
「な、に?」
男たちは声の聞こえた方へと勢い良く振り向いた。
「…何故、貴様がそこにいる。」
ベッドの上にはナイフを突き立てられた箇所からシーツに赤いシミを作る死体が確かにある。手応えも人間を刺した時のものだった…はず。
「まさか!?」
暗殺者の1人が勢い良くシーツをめくりあげるとそこにいたのは…
「ゲイル!?」
「いつの間に入れ…」
「…代わったのか?…か?そんなもんおまえ等が屋根上で俺とエリシアの暗殺計画話してる時からだが?」
月の光が窓から差し込みタクミの姿を照らす。奪い取った黒装束を身にまとい、手に短刀を握ったタクミの瞳は冷徹な色を過分に含んでいる。
「っ…やれ!」
「「フッ…」」
両サイドからの頭と横腹への挟み撃ち。一瞬のうちに身体強化の魔法を自身に施しタイミングを合わせての挟撃。
「…流石の練度、だけど。」
タクミは頭と横腹に向かってくるナイフ…その持ち手部分を捻り奪い取り、両反対側の暗殺者の喉に突き刺した。
「「グェッ…」」
「チッ!『黒焔の射手』」
もう1人の暗殺者はタクミに向けて掌を向け、魔法を放つ。無数の黒く燃え上がる焔の矢が避けきれない壁となりタクミを襲う。
「【最適解】…」
【『黒焔の射手』と判断…『解除魔法』を構築、展開】
「なっ!?」
男の放った黒焔の矢は塞がれるわけでも、回避されるわけでもなく霧散する。
【無効化を確認…発動対象人物を分析…人体構成物質の構造解析が完了…人体限定分解魔法『構造分解』…発動】
「グッ……ァァ…」
魔法を放った男はボロボロと足元から文字通り朽ち果てた。
「「「「……。」」」」
タクミの【最適解】による自動分析・自動判断による迎撃システム。タクミの魔法に対する知識の有無に関わらず、【最適解】の天能に保有される情報から判断されるため穴という穴は存在しない。
「…やむ終えん。総員、儀式魔法展開!」
リーダーと思しき男がそう言うや否や、男たちは手に持っていたナイフとは別の、幾多にも幾何学的模様の描かれたナイフを取り出し、逆手に持つと自分の心臓へ突き刺した。
【『限られた終焉』を確認…拡散の魔法効果が掛けられており被害は広範囲に及びます…】
「なる程…普通のそれは自分の意志で発動できるのか。術者が死ぬのは確定なわけだけど…【最適解】」
【前回のバックアップから『解除魔法』をロード…高速展開…術式に割り込み…定義破綻、完了】
今まさにあの時の焔が燃え広がろうとした瞬間、それらもまた霧散し、男たちの死体ごと消え去ってしまった。
「な…何が起こったんだ…くそっ!!」
部屋の入り口へと顔を向けるタクミ。腰を抜かし、先程から周りに指示をとばしていたリーダーらしき男が座り込んでいた。
タクミはゆっくり、ゆっくりと足音をワザと響かせながら男へと近づいてゆき、徐に手を翳す。
「【最適解】。」
【『消音魔法』、『人体分解魔法』、『振動無効魔法』発動します】
男の四肢だけが朽ち果て、激痛により叫び声を上げようとするが音は響かず、じたばたと暴れるが振動は周りに響かない。
「さてと、ちょっとお散歩といこうか暗殺者。なに、多少は軽くなったから行きは俺が運んでやるさ。」
「ーーーーーー!!!」
ゆっくりと暗殺者の目を覗き込むタクミの瞳。それを暗殺者は知っていた…知っているからこそ、今から自分に訪れるであろう展開を予測できてしまい、必死に逃げようともがくが…それは許されない。
「タクミさん、おはようございます。起きてます?」
朝日が登り、小鳥のさえずりが心地よい時間。エリシアはタクミの部屋のドアをノックする。
「ふぁ…おはようエリシア、ちょっと寝過ぎたな。もう朝飯の時間だろ?」
ガチャリとドアが開くと、大あくびをしながらタクミが出てくるが、その髪型を見たエリシアはクスクスと笑った。
「ふふっ、タクミさん。どんな寝方をしたらそんな寝癖がつくんですか?」
「げっ、そんな変な寝癖ついてんの?ちょっと直してくるわ、先に食堂に行っててくれ。」
「ふふっ、はい、わかりました。」
そう言いエリシアの後ろ姿を見送ったタクミは、部屋の中に未だ残されていた落とし物たちをどう処分しようかと頭を悩ませるのだった。




