小さな薔薇だった
少々残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
「うぅ…本当に大丈夫何ですか?タクミさん…」
「エリシアも心配症だな。せっかく元故郷に帰ってきたんだから、久し振りの城下町を楽しむ気概でいいんだよ。」
賑やかな喧騒が響く市場の大通りで堂々と歩くタクミに対し、エリシアは猫背でフードを深くかぶり、タクミの後をコソコソと付いていきながら歩いていた。エリシアの方が逆に怪しさが倍増させているのは言うまでもないだろう。
「何でそうタクミさんは気楽なんですか?一応ここ、敵の本拠地のお膝元ですよ?それに…私はこの国を脱出するまで城の別塔からあまり出たことないので、あまりこの辺は詳しくないんですよ。内政や軍事、市場価格、治安維持の方法などの勉強や知識はありますが自分の目で見たことは余りありませんし。今回のことで私がどれだけお役に立てるのやら…はぁ。」
「あー…(完全にマイナス思考に陥ってるな、こりゃ)…まぁ今回は内情調査、エリシアが危惧しているような危険なことにはならないから安心しろよ…多分。」
「うぅ…そこは嘘でも断言してほしいですよぉ…」
メソメソと擬音が聞こえてきそうな声でタクミの後ろをついて行くエリシアは、他の通行人からみても明らかに不審者だろう。
しかしそのついて回られている本人が気にしていなさそうな雰囲気の為、「関係者か?」程度の認識で目をやる程度に収まっていた。
「ほら、気分転換がてら何か食おうぜ?あのデザートっぽい屋台でどうだ?」
「…デザート、ですか?」
ピクッと、一瞬反応するエリシア。
やはりデザート…甘味というものは、どの世界でも女性を引きつける魔力があるようだ。
「(まぁこの世界には名実ともに゛魔力゛があるわけだけどな)」
と、考えているうちにタクミはその甘味の屋台の前にきていた。屋台の中には中学生くらいの少女が二人、せっせとボウルの中の白い液体をかき混ぜているところだった。
「すみません。えーと、このペペノール?って言うのを二つ欲しいんですけど。」
屋台の店主らしき少女二人はバッと同時に顔を上げ、異口同音で声を上げる。
「「ありがとうございます!ペペノールを二つですね?トッピングはオランジかキウウイのペーストジャムがありますが、どうなさいますか?」」
「うぉっ!?…あ、あぁ…じゃあ一つずつで頼む。」
あれだけのセリフを一字一句違えずに言い切ったのにも驚いたが、顔を上げた二人の顔が全く同じなのにタクミは一瞬びっくりし返答に詰まってしまった。
「「かしこまりました!」」
「ミミ、私はオランジの方を。」
「分かったよリリ、私はキウウイね。」
そう二人…ミミとリリというらしい少女達は、全く同じ動作で作業を開始した。
先ほどかき混ぜていた白い液体…ボウルからゴムベラですくい上げると半固形状になったそれを、作り置きしておいたような四角いクレープ生地のようなものに均等、均一に塗りそこに先ほど話にでたペーストジャムを同じ様に塗る。
そしてそれを端からくるくると巻き込むと専用のスティック状の袋に入れタクミとエリシアに差し出した。
ペペノールとは所謂クレープの亜種といったデザートのようだ。
「「お待たせしました!ペペノールの各種ペーストジャムです!」」
「ありがとう。お代はいくら?」
「「お代は二つで銅貨8枚です!」」
「はいよ。」
一瞬これで銅貨8枚?と思ったりもしたが、屋台という業態には屋台価格・屋台相場というものがあるのを思い出し、「そんなもんか」とタクミは言い値お金を払った。
「「まいど~!」」
そんな少女達の声を背中に受けながらタクミとエリシアは屋台を後にする。
「エリシア、どっちがいい?」
「え…あ。じゃあキウウイ…いや、オランジも捨てがたい…むぅぅ…オ、オランジの奴で!」
先程までのオドオドはどこへ行ったのやら。目を輝かせながらペペノールを選ぶエリシアの顔は甘味の魔力でいい具合に解れていた。
「じゃあ、はい。で、この後なんだけど取りあえず潜伏先となる宿を探さなくちゃならん…エリシア?」
エリシアの返答がないので不思議に思いながら振り返るとそこには…
「はむはむはむはむはむはむはむはむはむはむ…ハッ!?な、なむでひょうか!?ゴフッ!ゴフッ!」
ハムスターがまるでひまわりの種を食べるがごとくペペノールに必死に食らいつくエリシアがいた。
口の中にペペノールの詰まりきっている為うまくしゃべれない事も起因して咽せるエリシア。
「ククッ…いや、別に急がなくて大丈夫だよ。」
思わず苦笑するタクミ。
「コホッ…す、すみませんお見苦しい所を。えっと、宿でしたか?…すみません、私は余り民営の宿には止まったことがなくて。」
ペペノールによる幸せそうな顔から一転、申し訳無さそうな表情になるエリシア。
「ああ、それは問題ない。以前ここに来たときに見つけた『宿り木の宿』っていうオススメの所があるんだ。そこでもいいか?って訊こうとしたんだ。」
オススメというよりそこしか知らなかったが、まぁ人間、第一印象が良いのであれば最初に体験した事が一番になる生き物である。
「そう言うことでしたか。私は問題ありませんよ?」
「良かった。じゃあ早速行こ……ん?」
「どうしたんですか?タクミさ…あら?」
ふとタクミが視線を下げるとそこには5~8歳位の女の子が、ニコニコと笑いながらタクミを見上げる形で佇んでいた。
一瞬迷子かと思い周りを見渡すが、少女を探していそうな大人は見当たらない。昼間で人通りが多いとはいえ慌てる大人の姿は目に付くものだ。だがそんな人物は今の所見当たらなかった。
「おにぃちゃん、お名前は?」
少女は不意にそんな事を口にした。
「ん?名前?俺はタクミって言うんだ。お嬢ちゃんのお名前は?お母さんかお父さんはどうしんだ?」
タクミは少女の問に答えるために膝を折り、目線を同じにする。そしてあることに気付く…気付いてしまった。
少女の顔は顔こそ笑っているが、瞳には漆黒の闇が深々と映し出されていることに。
「…そう。よかった…」
そして見てしまった。その漆黒の瞳から流れる一筋の涙を。
殺気とは鍛錬や訓練次第で誰にでも感じ取れるようになるものである。
殺気とは悪意とも害意とも言い換えることができる。
タクミは懐刀家に置いてジュウゲンに次ぐ実力者であり、勿論殺気に対する感受性には高い自信があり、どんな微細なものも感じ取ることができる。
少女は手を広げタクミにもたれ掛かるように倒れ込んできた…と同時に少女の胸元から猛烈な殺気を感じ取ったタクミ。
「っ!?」
同時に曼荼羅模様の魔法陣がそこから現れると連鎖するようにタクミの周りを魔法陣が覆う。
【殺傷性の高い魔法の行使を確認…【限られた終焉】と判断…自身に対抗魔法を強制展開します】
「まて!この子は!?」
【発生原因たる個体は魔法発動と同時に生命活動が終了しています…衝撃に備えてください】
「な…」
一瞬垣間見えた少女の顔には生気はなく、口からも血を垂らし事切れているのが見えた直後…
【発動を確認…対衝撃体勢をとってください】
「がっ!?」
【最適解】の声と同時にタクミを中心に二メートル四方が爆焔に包まれた。ゴウッ!!と燃え上がる焔は容赦なくタクミを包み込む。更に全方位から襲ってきた衝撃に苦痛の声を漏らす。
「きゃ!?…タクミさん!?熱!?」
ギリギリ二メートル以上離れていた為被害はなかったが、その爆心地にいるであろうタクミに向け悲鳴にも似た叫び声を上げるエリシア。
局所的な爆焔はその範囲こそキッチリ二メートル四方に収められているが、その熱量はその限りではないらしくエリシアの肌をチリチリと焼くよう熱波が襲う。
【対抗魔法と並列し解除魔法を強制展開します…成功…発動します】
フッ…と燃え上がる焔が一瞬で掻き消され、そこには全くの無傷で膝を折った体勢のタクミと何かが燃え尽きた灰、そして高熱により融解し冷え固まった地面のみが現れる。
「タ、タクミさん!大丈夫ですか!?」
「…ああ。」
エリシアが急いで駆け寄るが、タクミの視線は足元の灰に固定されたままだ。
「(少女からは何の殺気も感じなかった…)」
【遅延式の術式が発生原因の個体に組み込まれていました…発動のキーは個体の意志とは関係のない為直前まで感知出来なかったものと推測されます】
「(…つまりアレは少女の意志とは関係なく起こったことなのか?)」
【推測するならば利用された…そう表現するのが最も適切と考えられます】
あの間際に見えた瞳と涙。
そのイメージが頭にこびり付き剥がれない。
「タ、タクミさん…人が集まってきましたけど…」
あれほどの爆焔である。騒ぎが人を呼び既にタクミとエリシアのまわりには人だかりができていた。あと暫くもすれば衛兵辺りが駆けつけるだろう。
「…すまないエリシア。取り敢えず移動しよう、さっき言った宿に。」
「は、はい。」
タクミは謂われようのない感情が自信の中で渦巻きつつも、人混みをかき分けるようにエリシアを連れその場を後にするのだった。
更新遅くなりすみません!!




