帝国での潜入開始だった
「さて、この集まりは久方ぶり…いや、ヒスイとマフユに関しては初めてかの?」
「うんそうだねひいじい…ジュウゲン。私とマフユはこれが正式な依頼になるかな?」
「正直、ワクワクよりもドキドキしてるけどね。」
村の、ジュウゲンの家の地下に作られた10畳程の部屋。この地下の部屋は、各小屋へと繋がっており、その入り口は各々の方法で巧妙に隠されていた。
これは村の増設を行ったラムリスさん達でさえも知らない事で、俺が魔法で作った秘密基地のようなものだ。
「さて、ワシは現当主としてこの世界の『サンザール家』と“主従の儀”を契った。これはこの先変わることのない不変の契約。その意味、皆わかっておるな?」
俺を含めて皆一様に頭を縦にふる。この契約が結ばれた意味を皆、一寸の狂いなく理解し、心に留めた。
「よろしい。この度の依頼は謀反を犯した三つの家の捕縛…これはマフユ、ヒスイ、ユミカ、カオリ、コウイチ…以上の者に任せる。」
「え、私とヒスイは帝都なんじゃ…」
「おい、マフユ。ジュウゲンの決定は絶対だ…それに刃向かう意味分からない訳じゃないな?」
俺は言葉に、本来ならば親族に向けるべきではない含みを持たせて窘めた。その様子にマフユはビクリと肩を震わせ、その両親であるハヤテとユミカも同様だ。
「…タクミ、そう張り詰めるものではないぞ。確かに掟は尊重するべきだが、マフユ達は1回目じゃそれくらいにせい。だが、マフユよ。お主もわかっていると思うが2度目は存在せんぞ?『仕事』と『日常』はキチンと使い分けなさい…守れぬ者には、例え血縁というものがあったとしても容赦はせぬ。」
「はい…」
この懐刀家には絶対に遵守しなければならない掟が二つある。
先ずは仕事を行うにあたってのみ適応される階級制。軍属のように絶対服従というわけではないが、余程のことでない限りそれは遵守しなければならない。
因みに上から『腰刀』>『太刀』>『脇差』となっており、この場における上位者は俺とジュウゲンだ。
そしてもう一つ、現当主の決定したことは例えどんな事であろうとも異論を挟んではならない。
つまり、マフユはこの二つを同時に犯したことになり、俺はそれを窘めたのだ。だが俺もジュウゲンも、マフユが憎くてやっているわけじゃない事は分かって欲しい。
だが、長きに渡る…遺伝子レベルで刻まれたソレは理屈や理性ではどうにも出来ないのだ。
「さて、そしてそれ以外のものはロッソへと赴くが今回は同行者を一名連れて行く。」
「同行者?」
ジュウゲンが仕事に他人を挟むなんて珍しい…って言っても今回ばかりは仕方ないか。
向こうの情勢なんかはわかんないし、俺が得られた情報にも偏りがある。この仕事の前から言ってたし、ならば連れて行くのは当然…
「うむ、エリシアじゃな。」
◆
「だ、だ、だ、大丈夫でしょうか…」
「エリシア、そう挙動不審そうにしてる方が余計に怪しまれるぞ。」
現在、俺とエリシアは帝都のメインストリート…そこから一本外れた裏通りを歩いていた。
本来ならば恐らく中佐の手によって、俺は指名手配されているはずだが、そこは懐刀家秘伝の気配遮断術(魔法ではない)を用いて、極限まで気配を薄く消している。
対してエリシアはそんな技術も魔法も持ち合わせていないため、外套のフードを深くかぶり顔を出来る限り見えなくするに留まっている。
「今俺は気配が限り無く薄くなってるから、端から見るとエリシアがせわしなくビクビクして歩いているようにしか見えないからな?」
「そうはいってもですね…はぁ。私としては村で畑を耕していた方が気が楽だったのに…」
最初の気品と威厳はどこへやったのやら、今では毎日畑を耕して、日が落ちれば村人達(移住者)と酒を飲み交わすのが楽しみとなってしまった元王女。
亡命後、村での生活に慣れすぎて言動どころか生活ルーティーンさえ村人のそれに染まっていたエリシアには、元は祖国とはいえ今の状況は気が気ではないのだろう。
「そう言ってくれるなよエリシア。勿論最初は元護衛のユミルかロイのどちらかと考えていたんだけど、あいつら聞けば帝国では有名人みたいじゃないか。こういっては何だけど、王女としては民衆への露出度が低くて内情を知ってるエリシアの方が適任だったんだよ。」
そうなのだ。
今でこそエリシア同様村人達に溶け込んでいるユミルとロイの二人だったが、実は帝国内では『戦姫』と『剛将』という二つ名でそこそこ有名らしい。
そんな二人を潜入任務に連れ出せるわけがなく、ジュウゲンもエリシアを同行者として見定めたと言うわけだ。
勿論ただで…と言うわけではない。エリシアの身の安全は俺が命がけで守し、報酬もジュウゲンからエリシアの望むものが提示されたはずだ…それがなんなのか俺は知らないが、エリシアがここにいることを鑑みれば納得のいくものだったのだろうと推測できる。
別にこれは強制ではなく、あくまで『お願い』なのだから。
「…あれで断れる人がいたら見てみたいですよ。」ボソッ
「ん?何かいったか?エリシア。」
「な、何でもありませんです!はい!」
いや、実際は聞こえてたんだけどね?
ジュウゲンの事だから退路を断って餌を見せるという交渉をしたのは目に見えて分かってるが、それはいわぬが花と言うものだろう。
「ま、悪いようにはしないさ。」
「うー…それはもうこの際いいんですが、あの夫婦のような二人組もつれてきた方がよかったのでは?というか私よりは戦闘面に関しても頼りになったと思うのですが。」
「あー、あの二人な。あの二人もいろんな意味で顔が割れてるから却下だ。」
エリシアの指す二人組とはヨハイムとアリサのことだ。確かに二人はそこそこ戦闘も出来て、情報戦にも明るいのだろう。しかし今回に関してはそれが仇となる。
帝国の情報部を取り纏める『中佐』という存在は、直接的に手を出さずとも俺たちの行動に枷をはめている。
中佐はヨハイム達の元上司。言い方見方を変えれば二人の師ととることもできる。恐らく色んな技術を仕込んだのも中佐だろう。
そんな中佐にとってヨハイム達の思考回路、それから俺たちの行動を予測することは容易なはずだ。そのため今回は別の仕事を頼んである。
「さぁ、いこうか。」
◆
「さて、タクミというイレギュラーに…それに連なる者が二、いや三か?ふふ、この私でも捉えきれない猛者がこれほどいるとはな。」
装飾品も飾り気もない、椅子と机とチェス盤のような台座、そして少しばかりの筆記具のみの部屋で中佐はそう一人ゴチた。
普段、中佐はこの部屋で全指揮を取る。終日そのチェス盤のようなものの上で駒を動かしながら。
「…おもしろい。ここまで盤面が読み辛い闘いは初めてだ。」
駒と駒を不規則に動かしながら中佐は思案するように盤面を眺めていたが、ふと声を上げた。
「…帝国内部の情報支部からどんな断片的な情報でもかき集めろ。そしてそのすべてを私の元へ、そして毒を内包する蕾を動かせ。」
「………はっ。」
そんな呟き以下の声量で呟かれた言葉に反応するかのように、部屋の周囲に点在していた気配が四方へと散ってゆく。
「さぁ、相手の指し手はどう次の局を読む?。」
中佐の独白。
それだけが部屋の中を響きわたったのだった。




