主従の儀だった
王城…国王執務室にてその報告が行われた後、執務室には各担当大臣と第1王子でザックス第2王子の兄、フライト王子と第1秘書官のマルクが集められた。
「皆の者、聞いての通り帝国が遂に動き出した。我が国はこれに対する対策を近年行なっていたが、我はこれが徒労に終わる事を願ってあったが…役に立ってしまう事を残念に思う。」
「陛下…心中お察しします。しかし今は起こってしまった事よりも…」
そうマルクが苦い顔で国王を諭した。
「分かっておる。軍務担当大臣、兵の準備は如何程じゃ。」
「はっ!王都からは常備歩兵3万、騎馬兵2万、臨時徴兵10万の計15万を予定しております。その後、地方領地より各々1〜2万程度の兵力を凡そ30万程度確保できるかと。ただ…」
「…如何したのじゃ。」
いつも物事はハッキリと述べる軍務卿が、今日ばかりは歯切れの悪い言葉を述べた事に国王は眉を僅かに顰めた。
「はっ…二公爵及び四侯爵の内、ビュラノス公爵家とロブロス侯爵家、フォルト侯爵家から招集拒否の通達が…」
「何だと?…マルク、やはりか?」
「恐れながら、内通捜査では黒かと。」
ざわざわと執務室が騒がしくなった。
公爵家と侯爵家…何方も王家と深い繋がりがある爵位を持った家から、「わたし達の家からは兵を出さない」と通達が叩きつけられた。
これは本来ならあり得ない事だ。そして考えられるのは可能性は…。
「こんな事態で考えたくはないが…これは由々しき事態じゃの。」
「はい。ビュラノス公爵家とロブロス侯爵家、フォルト侯爵家はどれもこの王都より後方に領地を持ちます。万が一二面展開にもなろうものなら苦戦を免れません。」
「む…しかしあからさまに兵を向けることも出来ん。謀反の可能性が高いとはいえ、王家との繋がりの強い家に今兵を向けようものならあらぬ隙を見せる事になるし、兵達の士気にも関わる。」
そう。今現在、アルフェントス王国は窮地に立たされているのだ。口では「可能性…」と言ってはいるものの、先に述べた三家は限りなく黒…いや、真っ黒だろう。
しかし狼煙を上げるタイミングが実にうまい。これが平時であれば秘密裏に兵を回して制圧する事も出来るのだが、戦時…正確には開戦はしていないが同じものである…戦時ではそうも出来ない。
だが放置することも愚策であるのは確かである。そんな、どうするべきか頭を悩ませる国王の耳に、今や聞き慣れた声が不意に聞こえた。
「お困りのようですな、陛下。」
若い男の声…聞きようによっては若いが、その言葉に含まれる何かが老齢の声にも感じさせるその声は、国王のすぐ後ろから聞こえた。
「っ!?何奴!!近衛兵!陛下をお守りしろ!!!」
「軍務卿、よい。近衛も下がるがよい。」
軍務卿が正体不明の声に対し、素早く反応。それに呼応し、近くの近衛兵も帯剣していた剣を抜き放とうとしたところ、国王が静かな声でそれを制した。
その顔に焦りの色はなく、同様に第1秘書官のマルクと第1王子のフライトも驚いた様子もなく国王のすぐ後ろを見つめている。
「度々失礼する国王陛下。」
「ショウゲン殿、如何なされましたか?今は他の目もあります、そんな場所に現れたという事は火急の用ですか?」
そう落ち着き払った国王の言葉で、スゥと徐々に姿がハッキリと見えるようになったショウゲンは、国王に微笑んだ。
「ご慧眼恐れ入ります。用というのは先ほどのお話に関係があります。」
「先ほどの?」
いつも以上に畏まったショウゲンの言葉に違和感を覚える国王。それは服装からも感じ取れた。
それはいつもの村人然とした服装ではなく、黒い毛皮をなめした動きやすさと隠密性を重視した様な装束。
そして纏う雰囲気がとてつもなく洗練され、且つ重厚感を醸し出していた。
「先ほど出た3つの家…その粛清、私どもにお任せ願えませんか?」
「なっ…貴様さっきから何を…!!」
「よい!控えよ!!ショウゲン殿、幾ら貴方でもそれは難しいのでは?」
軍務卿含め、ショウゲンを知らない面々は国王の言動に驚いた。普通なら不敬…そもそもこんな場所に忍び込んできた正体不明の若者に、先ほどから下手に出る様な言葉遣い。更にショウゲンは王家に連なる家の者を自分たちが討つと申し出ているのだ。
それに怒るでもなく、呆れるでもなく…まるで「出来るものならやってほしいが…」とばかりのニュアンスで尋ねる国王に、周りは驚きを通り越して困惑し始めた。
「言った筈です、私どもに…と。2名ほど入室を許していただいても?」
「それは構いませんが…」
「ジュウゲン、タクミ。」
国王が許可を出すと早速ショウゲンは、執務室の扉に向かって声をかけた。
一拍ののちその扉から入ってきた侵入者と同じような年頃の2人を見た軍務卿達、そして国王やマルクまでもがその姿を見て漏れる事なく息を呑んだ。
「「「っ!?」」」
「この様な不躾な訪問を謝罪する。国王陛下におかれましてはお初にお目にかかるの。」
「……。」
ショウゲンと同じく黒い装束を纏ったジュウゲンとタクミ。しかし息を呑ませた原因は2人の手に持たれた四つの生首だった。
それはまだ新しい様で、断面からは血が滴り落ちていた。
「ジュウゲン殿、タクミ殿…その四つの首はまさか?」
「お察しの通りじゃよ、マルクさん。帝国情報部所属の諜報員じゃ。まぁ内一つは公爵家から放たれたもんじゃがな。」
「それは…いえ、確かに。その四名は間者の嫌疑がかけられたもの達です。しかし決定的な証拠もなく手をこまねいていたのですが…」
「確かに証拠もなければ処断できなからの。ショウゲン、例の物を陛下に。」
とショウゲンは懐から丸められた羊用紙を国王へと差し出した。留められた紐を解き国王はその中身を改めると、深い溜息を一つ吐き、マルクにそれを渡す。
「確かに…そのもの達は間者だな。兵士長のロイゾフ、宮廷副魔法師長のオルマフ、宮廷料理人のガルは帝国情報部への情報横流し、メイド長フランは公爵への資金流用と機密情報の横流し…これ程の証拠を…」
「ジュウゲン殿、タクミ殿、そしてショウゲン殿…お手を煩わせて申し訳ありません。」
「なに、此方の用事のついでの様なもの。気になさらぬ様に。」
片手間ついでに出来ることではない…と一同は心の中で呟くが、未だに身じろぎひとつする事叶わない。
ショウゲンはともかく、ジュウゲンとタクミの放つ濃密な雰囲気に気圧されて、マルク以外は一言も口から音を出せないのだ。
「そして私、ジュウゲン・ダトウから、国王陛下に一つお願いがありこうして最初の手土産と共に赴いた次第。少々、お時間頂けますかな?できれば人数は少ない方が望ましいが…」
「…マルクとフライト以外は下がるがよい。近衛兵も全員だ。」
「っ、陛下!」
「軍務卿…2度は言わぬ、下がれ。」
「…はっ。」
バタンッと扉が完全に閉まるのを見計らい、マルクが音を遮断する魔法を部屋全体に掛けた。
ついでに言うと、邪魔になるからとマルクの命令で、タクミ達が持ってきた生首を持って下がった近衛兵は、盛大に頬を引きつらせていた。
「改めて、ジュウゲン・ダトウと申します。一応ダトウ家の取り纏めをしております。」
「タクミ・ダトウです。ダトウ家の末席に名を連ねます。」
「お初にお目にかかる。アルフェントス王国国王サンザール三世である。マルクは面通しは済んでおるだろうから…そこにいるのが我が愚息、フライトと申す。」
「…第1王子、フライト・サンザール・ルークです。」
フライト王子は硬い表情でそう挨拶をした。王子の年の頃は20も後半といったところだが、その雰囲気は第二王子が朗らかならば、第1王子は聡明さを醸し出していた。
「では陛下。時間も限られておりますので手短に申します。…我々ダトウ家を雇われてみませんか?より正確に言えばダトウ一族をこのアルフェントス王国に帰化させていただきたい。」
「む?帰化、ですか?」
そこにマルクが口を挟んだ。それは否定的な意味ではなく、困惑した様な表情で。
「我々としてはジュウゲン殿の一族は既にアルフェントス王国の一員との認識だったのですが。」
「ああ、厳密に言えば“我々を使いませんか”という事です。」
「「「??」」」
ますます分からない…と言った感じに顔を見合わせる王サイド。
「我々はとある稼業を生業として生きる者。そしてそれは仕える先あっての事なのです。私どもの家名“ダトウ”には“懐の刀”…分かりやすく言うのであれば“懐の刃”という意味があります。力の一端は既に先の魔物進行とやらでお見せした通り…その力、この王家で使わせて頂きたくお願いに参った。」
「…。ジュウゲン殿、気分を悪くしてもらわないでいただきたいのだが。わたしには貴方達の意図が見えない。故にその申し出を快く受けるには理由が足らない。」
それは最もである。魔物、魔獣の一群を個人の武で撃退できるほどの力。綿密に、何重にも用心され隠された事実を突き止める情報収集能力、そして単純な対人戦闘能力…そのどれもが望めば何でも手に入る程の力があって尚、何故軍門に下るのか?それが理解できないのだ。
もちろん国王…サンザール三世は、ジュウゲン達がこの国を侵略しようと考えているならばとうの昔に出来ていると考えている。
ショウゲンの様に隠密・情報収集に優れた人間がいて、タクミやヒスイの様に埒外の威力を誇る魔法を放てる。たったそれだけのカードを切るだけで、やろうと思えばこんな小国ひとつ簡単に征服出来るだろう…自虐的かもしれないがサンザール三世はそう正確に評価していた。
だからサンザール三世は、“魂上契約”で相手が不利にならない様に優位な契約をし、その矛が自国のに向かない様にしたのだ。
何も善意からの行動ではない。多分に自己防衛に走った結果とも言える。
「この地に根付いて早一年が過ぎようとしています。陛下のおかげで私どもの暮らしは豊かになりました。それと同時に、そこにいるショウゲンに対し私はある命を下しました。“この国の形を調べよ”と。そしてそれらの情報を統括し、我らが従うに足る国、人柄と思い至ったのですよ。」
言葉は丁寧だが、かなり上から目線で且つ傲慢な言動であるが、サンザール三世は不思議と不快感を覚えなかった。懐刀家は暗殺者を根元としているが、金さえあれば動く傭兵ではない。
動くにはそれ相応の“義”が求められる。その主の命令を何でも聞く奴隷でもなければ、誰彼構わず殺す畜生ではないのだ。
そして主従とは言うが、何もかも隷属するという事ではないのである。
「こちらから願っておいてなんですが、我々は全て隷属する訳ではありません。“義”に背かず、双方が納得し、適切な報酬で、仕事をする…これが懐刀家の信念です。もしこれを受けていただけるならば、陛下が結んでくださった“魂上契約”の返礼として、我々は“主従の儀”を行わせていただきます。」
“主従の儀”は、“魂上契約”とは違い、魔法的な拘束力のあるものではない。当たり前だがこれは懐刀家が日本にいた頃からやっていたものだからだ。
その内容は一族の宣言と血判状を、主君と認めた者へ献上するというもの。
側から見ればなんの効力も持たなそうに見えるが、遺伝子レベルで“懐刀家の在り方”というものを刻まれたもの達は、絶対にそれを反故にしない。
その言葉にサンザール三世は“嘘偽りは微塵もない”事を正確に読み取った。そう、瞳の奥にその在り方を感じたのだ。
「分かりました。あなた方の力は疑うべきもなく本物。そしてあなた方の“義の心”もしかとこのサンザール三世、感じ取りましたぞ。その力、我らにお貸し頂きたい。」
「「「御意。」」」
こうして『ダトウ家』と『サンザール家』の“主従の儀”は結ばれた。
これが後に隣国、果ては遥かに遠くに位置する小国に至るまで、その名を轟かせる国の第一歩だった。
物語がだんだんと暗く重いほうへ行ってしまう…早く軌道修正しなければ…




