厳つい男と淑女だった(中)
帝都に到着して1日目はこれといって求めている情報に関しては進展がなかった。
その為その日は早めに休んで2日目…俺は未だ寝ぼけている目をこすりながら一階に続く階段を降りる。
すると困った表情のハンナさんが受付に立っていた。ハンナさんはこの宿のあの女将さんの名前だ。
「あれ?ハンナさん、どうしたんですか?」
「ん?あぁ、ダトウさんかい。いやね?昨日宿泊してた二人組の男の人が今朝、この店沿いの道でボコボコにされて見たかったんだよ。まぁ命に別状はないみたいだけど、治療院に入院したって言うし、部屋の荷物はどうしようかと思ってねぇ…」
「あー、それは何方も御愁傷様ですね。規約通り、一定期間預かってから処分でいいんじゃないですか?」
「…ダトウさん、見かけによらず意外とドライだね。そんな朗らかに言う人初めて見たよ。」
ん?笑顔のタイミングを間違えたか?いや、でも俺としては他人事だしな。
「ははは、そうは言っても身から出…おっと、気の毒とは思いますけど本人達にも何かしらの原因があったのでは?因みに怪我はどんな?」
「怪我かい?怪我はそうだねぇ…私も人伝だけど、何か丸い鈍器のようなものでボコボコにされたらしいねぇ。」
ふむ…まぁそれは予想通りだが、目的はなんだろうか?
俺の本命の仕事と被るならばそれも頭に入れとかなきゃいけないし、少し探るか?
「おぉ怖。明日は我が身とならないように気をつけますよ。」
「そうだね。暗くなったらなるべく出歩かないことをお勧めするよ。そう言えば今から食堂かい?」
「…あぁ、最初はそのつもりだったんですけど、急用を思い出したんで今日は外で食べることにします。」
「そうかい?なら気をつけるんだよ?」
ハンナさんの声に手を振りながら宿を出る。
さて、どうしようかな。俺の調べていることと最近巷を騒がせている“軍人狩”…偶然と済ませるにはいかないよなぁ。
そんな事を考えながら大通りを歩いていたら、いつのまにか人気の少ない路地へと足を踏み入れていた。
あれ?俺って今まで大通り歩いてたよな?
幾ら無意識や上の空で歩いてても、こんな入り組んだ路地に足を踏み入れるか?
ヒスイやマフユみたいに能天気に歩いてるならまだしも。
ん?突然、俺の影に何かが合わさった…上か?
「なっ!?」
危な…いきなり脳天割りに来やがった。
頭上に気配を感じ半身ほど身体をズラして回避行動を取ると、そこには大振りの鉈を振り切った青年がいた。
「なんだよいきなり。俺、お前に恨まれるような事をした覚えは無いんだけど?」
「ちっ!やれ!!」
「げっ。」
その青年の掛け声と同時に周りにいきなり6人分の気配が出現する…全く分かんなかったぞ?
…つうか隠形上手すぎだろ、隠形だけだけど。
「てやっ…あぁ!?」
「このっ…おぉ!?」
「なっ!?」
「うっそ…ぎゃ!?」
「こなくそっ…かっはっ!!」
「らぁぁ!?」
その後がおざなり過ぎる。せっかく気配を絶って襲ってきたのに、掛け声と共に敵に斬りかかるなんてことしたら意味がないだろ。
おまけに全員が一斉に飛びかかってきたから対処が楽だ。ガラ空きになったボディに少しきつめに拳を捩じ込む。
強制的に肺の空気を吐き出させた少年少女達はそのまま地面に蹲り、身体を痙攣させていた。
痙攣してるってことは死んでないだろうけど……
少し強かったかな?
「くそ!よくもこいつらを!!」
いや、待て待て待て。先に襲ってきたのはお前らだろ…
「はぁ…」
聞く耳持たず…と。仕事でも無いのに子供を殺すのは少し気がひけるんだが…まぁ…仕方ないか。
「…恨むなよ?」
せめて、苦しまないように眠らせてやる。
手を手刀の型に変え、内気功による身体硬化。身体操作によって一振りの刀と化し、その一刀を青年の心臓へと…
「…っ!?」
迫る手刀を見て、青年の顔から血の気が引いた。側から見ればただの突きに見えるはずなのだが…その意味が分かっているかのように。
「少し待ってもらおう。」
「おっ?」
あと数センチで貫く筈だった俺の手刀は、青年との間に差し込まれた太い腕に阻まれた。
…内気功で強度を上げた手刀を阻む、ねぇ?
「ごめんなさい?この子達がどうやら迷惑をかけちゃったみたいね?」
顔を少しあげると青年の少し奥には例の宿であった淑女然とした女。
そして目の前には俺の手刀を片腕で止めた大柄の厳つい男が立っていた。
「ラリッツ…みんなを連れて下がれ。」
「で、でもっヨハイムさん!」
「聞こえなかったのか、下がれと言ったんだ。お前たち、何に手を出したのか分かっているのか?」
ラリッツと呼ばれた青年は、ヨハイムという大男にそう凄まれて渋々倒れている少年少女達を引き起こし、その場を去った。
「えーと?人をそんな化け物みたいに抽象するの辞めてもらえます?俺、あの子達に襲われてたんですけど?」
いや、事実だからね?イラッとして少し変なスイッチ入ったのは否定しないけど。
「それについては俺から謝罪しよう。すまなかった。」
「私からもごめんなさい?」
そう言う2人からは、少なからず謝意の念は感じる。同時に闘気も感じる訳だが…
「まぁ良いですよ…見たところスラム街の人間ですし、命を取りに来たのはいただけませんが、それもまた生活のためでしょうから。」
だからといって人殺しの理由にはならないが、そもそも住む世界と領分が違うのだ。俺がどうこう言うことも無い。
「あら?寛大なのね?寛大ついでに…あなたの正体も教えてくださらない?」
ふふふ、と慈悲溢れる微笑みでそう聞いてくる女だが、まずその漏れ出る殺気をどうにかした方がいいよ?
俺でも軽く怖いから。
「何って…見ての通りしがない村人だよ。見りゃ分かるだろう?」
一応しらを切ってみる。まぁ無理なのは百も承知だ。
「…普通の村人は手刀で相手の心臓を抉り取ろうとはせん。」
「それに腕だけに金剛気を溜めてたわね?そんな物騒で習得の難しい技…何の狩りに使うのかしら…ウサギや鳥にだけじゃないでしょう?」
金剛気?…あー、内気功の事か。いや別に内気功自体はかなりポピュラーな技だぞ?少林寺拳法とかでも習うし。
ただ俺のはそれなりアレンジが入ってるけど。
「つってもねぇ…アンタらも何者なんだい?“軍人狩り”さん達?」
「あら?どうして?ヨハイムだけならまだしも、私もその軍人狩りの犯人だと?」
「アリサ、それ以上は…」
「はぁ…無駄よ、ヨハイム。彼は分かってる…分かった上で言ってるのよ。」
「なら…主義に反するが消すしかないか。」
「それも無理…そうでしょ?お兄さん?」
…本人目の前にして物騒な話しないでくれない?
「ま、俺も無傷とはいかないかもしれないけど。負けはしないかな?活人拳と殺人拳のペアと戦うのは初めてだしね。」
「…良くそこまで分かるわね。」
「血の濃さが明らかに違うからな。そっちのヨハイムだっけ?お前は軍人狩りにおいては従者や秘書官担当…そっちのアリサは主要目標担当ってどこだろ?」
「あら、普通反対じゃない?」
どうやら軍人狩りについては否定する気はないらしい。
「いいや?事件の目撃者の話では、凶器となった槍状の武器や鈍器を直後に持ち歩いていたという目撃証言はない。鈍器や槍…そんな物騒なもんを持ってたら必ず人目につく。それに隠そうにもモノがモノだけに露見のリスクが高まるからな、普通そんなことはしない。なら犯人はどうしたのか?答え…そんなもん最初から持ってない、が正解だ。」
ヨハイムとアリサは俺の考えを黙って聞いている。
「そして昨日、宿ですれ違った時のあんた達から感じ取った雰囲気。そして鈍器はヨハイム、あんたの拳…そして槍はアリサ、あんたの手刀…付け加えて言うなら金剛気とやらを纏った手刀、と言ったところか?」
「ふふ…名推理ってところね。お兄さん?」
慈悲の笑みから妖艶な笑みへと変わり、アリサは腕を組んだ。組んだ腕に豊満なお山が乗っかるが、そこは努めて見ないようにする。
アリサは真紅のノースリーブワンピースを着ているが、それも返り血対策なのだろう。
「で?私たちをどうするの?捕まえる?それともここで殺す?」
「…どちらにせよ、容易くやらせる気は更々ないがな。俺たちにはやらねば成らんことがある。」
目に見えて2人の殺気と闘気が膨れ上がる。
興が乗ったとはこの事を言うんだろう。久し振りのこの感覚…全身の血が沸騰するみたいだ。
でも…
「残念だけど…別に俺は何もせんぞ?」
「「は(へ)?」」
素っ頓狂な、間抜けとも言う声を上げて2人は俺を見つめる。
…止めろ、なんだその「なーに言ってんだろコイツ」みたいな目は。
「俺は別に軍人でもなければ衛兵でもないし、況してや帝国の人間でもない。俺は俺の目的のためにこの国に来たのになんでそんな無駄骨を折らなきゃ成らんのだ。」
「…ならば何故、ワザとアイツらに襲われた。俺たちを誘き寄せるためだろう?」
張り詰めた空気…
「……ん?」
「……?」
「……?」
「あ、ごめん。あれ、素で迷い込んで偶々アイツらに襲われただけ。」
なーんか普通に歩いてたらこんな迷路みたいな路地に迷い込んだんだよなぁ。
【報告。以下の魔法体系についてレジスト対応が可能になりました
『四門迷路』(知覚阻害魔法)
『絶縁隠匿』(知覚阻害魔法)
以上になります。以降は無意識下においてもレジストを実行致します。】
…あぁ、アレ魔法だったのか。通りで知らないうちにこんな深い路地まで迷い込んだり、あんな子供が高度の隠形をつかえたわけね。
というか久し振りに【最適解】のアナウンス聞いたぞ…
「…訂正。なんか魔法にかかってここに来たみたい。」
「む…俺がアイツらに教えた『四門迷路』と『絶縁隠匿』か。」
「それにしてもお兄さんって可笑しな人ね?恐らく腕は達人級…でも魔法に対するレジストは素人並み、悪人でもないけど善人でもない、アベコベって感じ。それを捕らえる力があるのに目の前にした悪人を見逃すなんて。」
「いや?別にただ見逃すって訳じゃないさ。」
「あら?そうなの?」
俺もそこまでお人好しじゃないさ。
「『M1075計画』…正式名称を『人造魔獣兵計画』、その情報をくれないか?」
「っ!?」
「あなた一体何処でそれを!!」
この反応はどうやら当たりだな。
俺がマルクさん(正確にはマルクさんからジュウゲンに持ってきた相談事だが)に聞いた話だと、近頃帝国では秘密裏に兵力を増やすための実験をしていると言う報告が各地に放っている子飼いの諜報員から入ってきたらしい。
その名も『人造魔獣兵計画』という如何にもヤバそうな雰囲気のやつ。
それと同時に帝都で起こっていた軍人狩り。一日目で情報を集めた時、まずはその殺された軍人達の名前と役職を調べたところ、面白いことがわかった。
被害者達は全員が職業軍人には違いないのだが、それは武官や文官ではない。
職業軍人の研究者…いや、研究者に特別に軍人階級を与えられた者達だった。
それも非公式であり、その情報は機密扱いだった。
え?なら俺はどうやって調べたのか?そりゃあちょっと軍の資料庫にお邪魔して、ね?勿論非公式だけど。
そして俺はそこで更に面白い情報を得た。しかも写真付きで。
「それはあなた達の方がよく知ってるだろう?帝国情報部第四課…ヨハイム・ドルラグマ元中尉、アリサ・ベリクラム元少佐?」
「…本当にあなた、何者?」
アリサから余裕の笑みも妖艶を孕んだ雰囲気も霧散した。代わりに現れたのは強い警戒心だ。
それは隣にいたヨハイムも同様で、こちらはいつでも動ける様に重心が少し前へ傾いている。
「構えるなよ…俺は別に密告も逮捕もする気は無い。ただ情報が欲しいだけなんだからさ。そうすれば依頼人も満足する。」
「……この帝国の貴族からの依頼、と言うわけではないわね。貴族どもはこの計画に概ね賛成どころか、支援金まで出してるんだもの。同様に大臣や上級職者でもない…となれば、他国…それもかなり上の立場の人間ね?あなた程の腕利きを用意できるんだもの。そしてその計画により、もっとも被害を被るのは…成る程、お隣さんね?」
「ご明察、さすが元情報部だな。」
「からかわないで頂戴。こんなもの子供でも行き着くわ。」
そもそも子供にはそのキーワードさえ、提示されないから無理だと思う。
「…成る程。アルフェントスの人間か。しかしお前の様な腕利きが居るという情報は無かったはずだが。」
そりゃあ数ヶ月前に転生してきたばかりですから。
「まぁうちにも探らせない為の予防線は何個かあるからね?(知らんけどさ)」
「……わかったわ。信頼は出来ないけど、信用はしてみましょう。ヨハイム、いいわね?」
「…お前がそう言うなら。」
ふぅ。警戒心は解いてないが、どうやら話を聞ける段階まではたどり着けたらしい。
警戒を解かないのは寧ろ好感が持てるし、此方としても適度な距離を保てる方が仕事がしやすいからな。
良しこれでやっと……
「ほぅ…面白い話をしているな。俺にも聞かせてくれないか?ドルラグマ、ベリクラム…そして異国の諜報者。」
ヨハイムとアリサの背後から突然声が掛かる。現れたのは中肉中背の緑の軍服を着た、一見するなら普通の男。ただ2人の狼狽ぶりを見る限り只者ではない事はわかる。
「っ…ち、“中佐”…。」
「…不味いぞ…」
あれは、俺も何となくわかる…嫌な予感しかしないな。
「異国の諜報者とは初めましてかな?私のことは“中佐”と呼んでくれ。」
ロイから散々言われた要注意人物だ…
帝国情報部第四課を纏める…通称“中佐”。
その人物が今、貼り付けた様な微笑を携え、俺たち3人の目の前に現れた。
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