非戦闘系のはずだった
「さて、皆あの神のようなモノにあって希望する力を授けてもらった筈じゃ。それをまず確認しようかの。」
ひいじいちゃんがテーブルの上で手を組みながらみんなにそう問いかけた。
こういう場を仕切る必要がある場合は、うちの家では必ず年長者がやる事になっている。
まぁ今の段階では皆年齢は同じなのだが、精神年齢的な意味で。
「はいはい!先ずは私から!私の能力は【絶対記憶】だよ!内容はそのまんま絶対に記憶すること!」
真冬が元気よく答えるが、そのまんまだ。いや名前から推測できるけどさ。
「真冬、お前頭いいんだから【絶対記憶】っているのか?それに地球にも絶対記憶の人間っているけど、忘れる事が出来ないって意外と辛いらしいぞ?」
「ちっちっち!わかってないね匠にぃ。楽ができるものなら楽したい!これが私の座右の銘!そしてそれも大丈夫!記憶は取捨選択できる様にしてもらったから!」
真冬は見た目が活発系美少女なのだが、すこぶる頭が良かった。
高校は都立の有名進学校に決まっていたぐらいだ。あんな事がなければ春からは華の高校生だったのに…あのクソ地球神め。
「じゃあ真冬ちゃんに続いて私だね。私は【多列演算】、わかりやすく言うなら人間量子コンピューターだよ。」
そして真冬に続いて翡翠が答えた。こちらも頭脳系…いや、もはや頭脳系か?なんだ人間量子コンピューターって。
「これでまだ見ぬ物理法則も発見し放題!」
「物理オタクならではだな。」
ハァハァと荒い息を吐く翡翠。こちら見た目は大和撫子なのだが、中身が生粋の物理オタクという残念系美少女。
以前聞いた逸話が、学校で1番の性格良し顔良しの完璧イケメンを…
「ガウスの法則の共変定式の4つを答えてください。そしたら付き合います。」
と言って結局答えられずに振ったという伝説を持つ。なんだ共変定式って、高校1年が答えれる訳ないだろう。
「次は私かしらねぇ、私は【料理人】で意味はそのままです。何でも料理の腕が神の領域になるとか。」
そう由美香さんが答える…神も飯を食べるのだろうか?まぁ意味としては神掛かったというニュアンスなのだろうが。
由美香さんはミシュラン2つ星のレストランの料理長を務めていた別名“神速の料理人”だ。本人の希望なので仕方ないが、果たして今頃それを得ても意味はあったのだろうか?
「次は俺だな、俺は【疲れない体】だ。」
うん、疾風おじさんは予想通りだった。生粋の武道家である疾風おじさんは軍用合気術の達人。
一度鍛錬に付き合わされたけど世界がぐるぐる回ったとしか感想の述べようがない。超絶強いとだけ言っておこう。
「僕は【鑑定の眼】です。いきなり能力を言えと言われて咄嗟に職業に関する事を言ってしまいましたので。」
そういう光一さんの職業は宝石鑑定士。道具等を使わずに真贋を見分けるのを得意とする凄腕鑑定士だ。
失礼だがそれ以外に特記する事はない…気のいいお兄さんだな。
「私は【動物愛好家】ね。まぁ私も職業から連想しちゃったんだけど。」
沙織おばさんは動物ブリーダー。下はハムスターから上はライオンまで何でもござれ!と昔本人は言っていたが、ライオンは最早調教師の仕事ではないだろうか?
「次は儂か。儂は【隠密】で…」
「私は【予測】ですね。」
じいちゃんとばあちゃんが一緒に答える。うん、仲睦まじいのはわかったからイチャイチャするのは場所を弁えてくれ。たとえ若返ったとしても身内のそういうのを見せられるのは勘弁してほしい。
ひいじいちゃんがメンドくさそうな目で見てるから…どっちかって言うと羨ましそうな目をしてるから。
【隠密】と【予測】は恐らく名前通りの能力だろう…ええい!だから人前でいちゃつくな!家に帰ってやれ!
「ごほんっ…で、ワシは【狩人】じゃな。狩りの際に基本能力が跳ね上がるとか言っておったの。まぁ自給自足には持ってこいじゃ。ほれ、あとは匠だけじゃぞ?」
「あぁ、俺の能力は【最適解】だよ…もう2度と選択を間違えない様にする為にさ。」
そう俺が答えると皆んなが一気に静まり返った。
「匠…もうお前が気に病むことはないんじゃ。あれは不運な事故なんじゃからな。」
わかると思うが俺の両親はこの場にはいない。10年前に交通事故で死んでしまったからだ。
しかもその事故は、俺が珍しく両親にせがみある映画を観に行こうとした矢先の出来事だった。
俺は基本的に昔からあまり物欲がなかった。だけどその日に限ってはどうしてもその映画を観たいと思ってしまったのだ。
そしていつもはわがままを言わない俺に驚きながらも両親は快諾。
田舎に住んでいた為隣町の映画館に向かっていた途中、信号を無視してきたダンプカーに衝突されて両親は即死、俺は1ヶ月昏睡状態に陥ったものの一命は取り留めていた。
今でもあの時に映画に行くという選択肢を取らなければ…と思う。その後はひいじいちゃんの家で世話になって、大学卒業とともに家を出た。
「まぁ頭では理解してるよ…でもこの能力を選んだのはそれだけの理由じゃない。あの神みたいなのも言ってたけど、ここは剣と魔法のファンタジー世界だ。なら恐らく魔物だっているだろうし、何か判断を迫られる時だってあるだろう?その時に間違えた選択肢を選ばない様にするためさ。」
「そうか…うむ、匠がそう言うのであればそうなのだろう。よし、一通り出たわけだが…バランスが悪いのぉ。」
そうなのだ。単純に能力だけで分けるならば【狩人】以外は全て非戦闘系だ。そして実際に魔物なんかと戦闘になった際に頼れるのは、ひいじいちゃんの【狩人】と軍用合気術を修めてる【疲れない体】を持った疾風おじさんだけ。あとは後方支援系となる。
「え?でもこの世界には魔法があるんでしょ?ならそれを覚えればいいじゃん。」
とは真冬の言だが。
「真冬、考えてみろ。まず魔法を習うすべが今のところない。そして俺らは同郷だからいいが言語がこの世界の人間に通じるのかも分からない。魔法に関して現状だけ見るならば詰みの状態だ。」
「うっ…」
軽く論破してやった。真冬は頭はいいのだが楽観主義なのでこういった発想には向いてない。
「ふむ…お義父さん、この廃村はあまり大きくありません。しかし魔物がいるということを考えると夜番は必要でしょうし、何か防護柵の様なものも必要でしょう。今からでも最低柵の様なものを作るべきでは?」
と、じいちゃんがひいじいちゃんに進言した。因みにじいちゃんは婿養子だ。
「うむ、それが先決じゃろう。皆手頃な木々を集めてきてくれ。柵の作り方はワシが教えよう。」
こうしてみんなで柵作りをする事になった。
が、ここで思わぬものに遭遇した。
「グルルルルルルルッッ!!」
猪だ。いや、何故か体長が3メートル近くあるし、体の体毛が剣山みたいになってるが、それを除けば猪だ。鳴き声は猪っぽくないが。
「あら、猪ですか。臭みをきちんと処理すれば良質なタンパク源ですね…あなた?狩ってもらえる?」
「よしきた!」
由美香さんが疾風おじさんにそう頼む。
軽く言ってるけどそれ多分魔物だよ?おじさん大丈夫かな…
地球にいた頃のおじさんは細マッチョで鍛え上げられていたけど、こちらでは年相応の肉体だ。
いくら【疲れない体】があるとはいえ、それは体力面の話。防御面ではあの猪の突進を一発でも喰らえばかなり危ないだろう…とか言ってる間に喰らった!?
あ、なんか大丈夫っぽい。
で、猪の足を掴んで…あっ猪が浮いた。
そして脳天から叩き落として…ご臨終。
合気は流動的な動きを得意とし、中でも相手の自重を利用する技がある。
そのため体格差はあまり関係ないそうだ。因みに俺もあの技を掛けられたことがあるが、おじさんに手や足を掴まれた時点で詰む。
もうね、抵抗しても無意味。気づいたら地面とキスしてるからね。
「これで全員で1週間のお肉は確保できましたね♪あとは香草や薬草なんかがあればいいんですけど、なければ仕方ないんで野草で代用しましょうか。」
どうやら食料問題は一時的とはいえ解消された様だ。猪肉は初めてだけどどんな味なんだろう。
「でもこれ解体しなきゃなんないぞ?流石に体毛はこのままだと危ない。」
疾風おじさんが猪を引きずりながらそう言った。
「心配ご無用です。ここで私の【料理人】の出番ですから。」
と由美香さんがボロッボロの包丁片手に、いつのまにか道具を探しに行った納屋から戻ってきていた。
「それ刃こぼれ酷いけど大丈夫なの?」
所々刃こぼれしまくっていて肉どころか皮膚に刃を通すこと自体難しそうだ。
「安心してください、料理人は武器を選びません。」
うん、武器じゃなくて調理器具だしそれ剣豪とかの名台詞だからね?とか思ってる間に瞬き1拍の間に皮が、2拍で肉が、3拍で骨まで解体された。
目の前には骨と皮と肉ブロック、端に内臓類。
作業のスピードが早すぎて見えなかった。そもそも作業というより【料理人】のスキル的なにかで自動解体したのかと思ったけど、由美香さんの額に適度な汗と包丁に血の跡が見えた。
恐らく本当に由美香さんが“神速の料理人”と比喩される通り、目に止まらない早さで解体したんだろうな。
でもあんな大量の肉、冷蔵庫もないこの村でどうするんだろう。
あ、干し肉にするのね。
で今日の分は焼いて食べると、成る程。
「匠、そろそろ柵作りをするから手伝ってくれんか?」
ひいじいちゃんがそう言いながら目の前に1つ完成した柵を見せてくれた。
「取り敢えずはこんな形でよかろう。さっきみたいな猪相手だとあまり意味はないが、その時は疾風に倒して貰えば問題ないじゃろ。」
柵は一本を長く先端を尖らせた棒とそれを支える短い棒を“入”の様な形で組み上げたものだ。接合部分は何か異常に硬い蔓で縛ってある。
ちなみに疾風おじさんは今、廃村の周りを納屋に打ち捨てられてた木製スコップで掘を作っていた。
ぱっと見、幅3メートル深さ2メートルといったところか。
というか疾風おじさんよく疲れないね…あっ、【疲れない体】か。成る程、戦闘以外にも役に立つのか、寧ろ建築関係でかなり重宝しそうだな。
そうして堀と柵がみんなの協力で完成し、配置も完了。
「じゃあワシは暗くなる前に何か狩ってこようかのぉ。」
ひいじいちゃんを見るといつ作ったのか弓と矢筒がその手に握られていた。いつ作ったのだろうか?
「ん?これか?何さっき柵を作るついでに余りの木でちょちょいとのぉ。」
確かによく見れば弓と矢の材料はそこら辺にあるものだ。
「一人で大丈夫なの?ひいじいちゃん。」
見た目は少年だが、中身はおじいちゃんなのだ。それは心配にもなるだろう。
だがひいじいちゃんはその心配がお気に召さなかった様だ。
「これ!匠、ワシを老人扱いするでない。前世でこれを言えば老人の戯言だったが、今では名実ともに老人ではないから問題ないわい。」
とひいじいちゃんはワクワク、ウキウキといった雰囲気で颯爽と森の中に入っていった。
「まぁ匠、爺さんは昔は大日本帝国の元軍人なんだ。授かった能力もあるし大丈夫さ。」
そう疾風おじさんはいうが、心配なものは心配である。なんせこの世界の生態系は、地球とは全く違うのだから。さっきの猪も地球の一般人からしてみれば十分脅威の類だし。
それから1時間、2時間…5時間、と夕焼けが沈みかけてもひいじいちゃんは帰ってこなかった。流石に心配になった疾風おじさんが、森に探しに行こうとしたところ漸くひいじいちゃんは帰ってきた。
ボロボロになり、手に持つ大量の蔦の先に魔物と思しき死体の山を引きずりながら。
体毛が刺々しい知ってるサイズの10倍はありそうな鶏、体毛が細い刀の様な3倍サイズの兎、槍が一本一本くっ付いてる様なハリネズミ…この森の動物(魔物?)は体毛が鋭利なのはデフォルトなのだろうか?
「かっかっか!狩りが楽しすぎてつい時間を忘れてしまっとったわい!」
よく見るとひいじいちゃんの武器が木弓から刀…の様な体毛に代わっていた。え、それ武器として使ってたの?
「今日は宴じゃー!」
と高いテンションのままそう高らかに宣言するひいじいちゃん。
なんか心配したのが損した気分だ。
周りのみんなもおんなじ気持ちの様で苦笑したり、呆れ返っていた。
ただし、鶏と兎は美味かった。
ハリネズミは…毛皮のみ頂戴したとだけ言っておこう。
本日2話目です^ ^