首脳陣は頭を悩ませる事案だった
連日投稿です。どうぞ!
−ローグ・アルバート−
「ギルドマスター、冒険者及び義勇兵達の配置完了したとの報告が入りました。」
「わかった、ありがとうリリア。あとは関係各所との連絡を密にしてくれ。」
「かしこまりました。失礼します。」
リリアが部屋から出たの確認したローグは深いため息を吐いた。
「これで少しは稼げる、か?」
総合討伐ランクBの魔物進行。それはこの深淵の森近くにあるガランでさえ類を見ない規模だ。
魔物進行と魔物単体のランク設定には大きな違いがある。
魔物単体のランクとは単純な討伐難易度と魔物の強さからくるものであるが、反対に魔物進行の討伐ランクは『予想されるであろう被害の規模』を元に算出される。
今回のBランクは『複数の都市が壊滅し得る規模』であり『軍の出動が強く推奨される』レベルだ。
これがAランクになると『国が壊滅し得る規模』であり『軍、ギルド、傭兵を総動員し尚且つ他国にも応援を要請する規模』となる。
因みにだが仮に魔物進行にSランクが付けられるとどうなるか?
結論から言うと『天災として認識、可能な限りの人類を生き長らえさせる事を最優先とする』と規定されている。
つまり諦めろと言うことだ。
幸か不幸か今回は討伐ランクはBだ。絶望するほどではないが、楽観視できるものでもない。
既に王都の各首脳クラスに魔物進行の発生とそれに伴う応援要請は済ませてある。
市民達も他の街に受け入れてもらえるよう領主が手配済み。
本当ならば自分も前線に加わりたいところだが、ギルドの指揮系統トップである為それは叶わない。
だからと言って自分が逃げるという選択肢ははなから持ち合わせてない。
討伐ランクBの魔物進行に対して、上位冒険者達に依頼を出し、間接的に死ねと命令したのだ。トップといえどどうして自分だけがおいおい逃げようか。
「あとは神のみぞ知る…か。」
確実に多くの死者が出るであろう今回の魔物進行。
多くの上位ランクの冒険者が参加してくれたが、一定の基準に満たないものは市民の避難誘導を指示し、そのまま逃げてもらう。
若い芽はここで散るには惜しい。
「ギルドマスター!!俺たちも討伐にさせてください!」
「ここは私たちが生まれ育った街なんです!」
「このまま指を咥えて見てろって言うんですか!?」
そう直訴してきたパーティーが何組いたことか。その時は周りにいた年長の冒険者達が諌めていたが、皆思うことは同じのようだ。
「生言ってんじゃねぇよヒヨッコども。こう言う時はな年功序列なんだよ。」
「そうそう、足手まといはどっか行ってな!」
「お前たちじゃ役不足だわ。」
いつもは呑んだくれのベテラン冒険者も、新人に洗礼を加える悪役の冒険者も、ここが年長者の命の賭け所だと、若い芽は俺らが守るとギルドを出て行くその背中が語っていた。
「……ふぅ。」
瞑っていた眼を開け、ローグは部屋を出ると今尚忙しなく事態の把握に努めているギルド職員達の元へ向かった。
「皆、よく聞いてくれ。今回の魔物進行はとてもではないが分が悪すぎる。冒険者や義勇兵達が頑張ってくれているが結果は火を見るよりも明らかだ。」
そう彼らの目的はあくまでも足止め。援軍が到着するまでの時間稼ぎだ。圧倒的数の前には個の力は簡単に蹂躙されてしまうのだ。
「皆よく聞け…今から名前を呼ぶものは前に出てきてくれ。コークス…ガムラン…メアル…ボッズ。」
そう呼ばれ前に出てきたのは全員が壮年を超えた職員達。このギルドに勤めて早30年以上の大ベテラン達だ。各部門の長でもある。
沈痛な面持ちで名前を読み上げるローグを見てベテラン職員達は何かを察したようだった。
「…すまんな。」
「はっはっは、ローグらしくもない。」
「我らはこんな時ぐらいしか命を張れんからな。」
「ふふ、ではもう少し、老骨に鞭を打つとしましょうかねぇ。」
「くく、そうじゃな。」
各部門の長達はローグの意図を正確に読み取っている。それでもなお、笑っていた。
「っ…今名を呼ばれなかった者達は全ての業務を各長に委託と伝達後、ガランからの避難を命ずる!!」
「「「「「なっ!?ギルドマスター!?」」」」」
死ぬのは自分たちが先だと言わんばかりにローグ達は職員をギルドから追いやる。それでも尚食い下がる若手の職員達にローグは苦笑しながらこう言った。
「お前たちにはこの街の復興を任せたい。それまでは他の支部で面倒を見てもらってくれ。俺らはこれが終わったらちょっくら溜まりに溜まった長期休暇を取らせてもらうよ。」
「おお、それはいい考えですなギルドマスター!」
「そうだねぇ、ここ30年溜まった休暇を取らせてもらうよしようかね。」
「10年分くらい溜まったんじゃねぇか?」
「はっは!違いない!」
「「「「「………。」」」」」
それが方便だと、誰もがわかる。しかしローグたちの意思は変わらない。
「っ…わかり、ました。今まで、お世話になりました!!…みんな、行こう…。」
漸く若手ギルド職員の1人がそう言った。
…顔をくしゃくしゃにして嗚咽を漏らしながら。
1人、2人…とそれに続く職員たち。それを残留組の5人は優しい笑みで見送っていた。
だがそこに突如息を切らして走りこんでくる女性が1人。
「どうしたリリア?」
彼女の慌てようは尋常ではない。いつも落ち着き払ったイメージとはかけ離れ、余程急いで来たのだろう髪はボサボサだ。
「ギ、ギルドマスター!!た、大変です!!」
「…何があった。」
ローグの心中は穏やかではない。ここまで自分の副官として信を置くリリアが焦っているのだ。
余程のことだろう…とてもではないがいい連絡とは思えなかった。
そして漸く息を整えたリリアが、顔をクワッと上げて報告をする。
「モ、魔物進行が!!!!!」
◆
−サンザール三世−
国王、サンザール三世は難しい顔でガランの街の方角を眺めていた。
斥候から魔物進行の報告がガランギルド支部に入ったのが30分前。そこから王城に連絡が入ったのが20分前。もうそろそろガランの冒険者と魔物の軍勢が衝突する時間だった。
「マルク、タクミ殿達の助力があるとは言え…この戦いをどう見る?」
サンザール三世は難しい顔のまま、自分の臣下にそう話を振った。
今回の魔物進行は大規模かつランクBという未曾有の出来事。いくらタクミ達の助力があったとしても結果は不透明なままだ。
「そうですな…ダトウの一族からの助力、それに冒険者達の練度、応援部隊の到着…それらを加味して五分五分かと。」
その結論は、別に国王とマルクがタクミ達の力を信用していない…というわけではない。
ダトウ家の1人1人が一騎当千の力を有する、それは疑いようのない事実だろう。
更にヒスイが山を消し飛ばす程の魔法が扱えることも知っている。
しかしヒスイの『睡蓮花』は全方位無差別攻撃だ。国王達の所見では、それは今回の乱戦になり得る戦いにおいては使いにくいと考えていた。
対人戦…これが戦争のような知恵あるもの同士の戦いならばまだやりようがあるが、今回は無秩序で無軌道な魔物進行だ。
魔物の思考は読めないため苦戦を強いられるのは間違いない。
そして一族の代表、ジュウゲンと実際に話をしたマルクの感想としては、本人達は『闇』つまり『裏』の人間と言っていたが、その言葉には一種の信念が宿っていた。
おそらく自衛目的や仕事以外の無益な殺生は絶対しないタイプ。
そんな彼らが被害を度外視でそんな魔法を使うとは思えなかった。
そう長年の経験からマルクは彼らの人物像を予想している。
そしてそれらの要素を包容した推測は、よくて五分五分…といったところ。
最低でもガランの街は壊滅する事を前提としていた。
「タクミ殿たちの力を持ってしてもか?」
「陛下、いくら好意からの申し出と言えども、タクミ殿達ばかりに負担を強いるのは他力本願というものです。本来ならば彼らには関係のないことなのですから。」
本来ならタクミ達が魔物進行の討伐に加わらなければいけないという強制力はない。それは双方の間で結んだ『魂上契約』にも盛り込まれている。
今回はあくまで相手方の好意によるものだ。
それに頼りきるというのは明らかに不健全というもの。そんなニュアンスを込めてマルクは国王を諌めた。
「それもそうだの…マルク、『暁』を彼の地へ派遣せよ。万が一戦況が傾いた場合、タクミ殿達だけでも離脱させるのだ。」
「…はっ。かしこまりました。」
『暁』とは代々国王直轄の組織として受け継がれてきた、非合法活動を主として活動している所謂暗部である。
その存在は代々の国王と第1秘書官、そして一部の貴族にしか知らされていない。
非合法活動が主な為、老若男女問わず人材がおり、多種多様な才能を持った人物達で構成されている。
実力も最低でも近衛騎士と同等かそれ以上あるとされており、まさに国王の懐刀だ。
そんな彼らを一般人のしかもたった4人のために派遣するとサンザール三世は明言した。
だがそのことに対して腹心とも言うべきマルクは反対するどころか仰々しく頷くだけ。
マルク本人も事の重要性を正しく認識している故の同意だった。
「…自国の出来事で彼らに不利益を与えればそれこそ我が国は滅びかねん。現場の者達には申し訳ないが、な。」
一応タクミ達の村もこのアルフェントス王国の一部ではあるが、先日の『魂上契約』によりあらゆる自治を認めた一種の国のような状態になっている。
それ故の判断だった。
「それでは陛下、今から……」
「し、失礼致します!至急の報告の為無礼をお許しください!!」
いきなり執務室の扉が開かれ伝令官が飛び込んできた。
その顔は驚愕と困惑に色に染まっており、緊迫した雰囲気が執務室に張り詰めた。
「構わん、火急の一報なのであろう?許す。」
「それで、どうしたのですか?まさか…」
タクミ殿達に何かあったのか!?と内心焦りながらも、マルクは報告を促す。
「ほ、報告いたします!モ、魔物進行が…」
◆
−ローグ・アルバート&サンザール三世−
遠く離れた地同士で今まさに異口同音と呼ぶべきシンクロである報告がなされた。
「「タクミ殿(様)による『炎系大規模殲滅魔法』とヒスイという少女の『雷系大規模殲滅魔法』で魔物進行の3分の2以上を殲滅!!残りの魔物は散り散りになり各冒険者が各個撃破中、恐らく後30分程で駆逐されるという事でした!!!!!」」
「「はっ!?!?!?!?」」
「「それに加えてガランはほぼ無傷!!魔法の余波により多少外壁が崩れましたが、人的損害はゼロ!!…我らの勝利です!!」」
「「………。」」
開いた口が塞がらない。
ローグと国王は目を見開き、口を開けその報告の意味を理解して咀嚼するまでに10分の時間を要した。
◆
「ねぇタクミにぃ!あの動物食べれると思う?」
「いや、動物と言うよりあれは虫だろ。」
「ユミカに頼めばなんとかしてくれるんじゃないか?」
「いくらユミカ義姉さんでも虫は無理なんじゃないかしら?」
今日もアルフェントスは平和である。
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