初の大きな街だった(中)
受付でギルドカードを受け取った俺は内心ウキウキしながらもどうしようかと悩む。
ローグから研修用の依頼に特別なものを混ぜておくので達成するように、と言われているためもう一度受付に行けば専用の依頼を斡旋してくれるだろう。
あとはそれをこなすだけの簡単なお仕事だ。鶏は恐らくラムリスさん達が凶化石鶏と呼んでる奴を指しているのは分かる。
それならば簡単なのだが、せっかく大きな街に来たのである。少し楽しんでからでもバチは当たらないだろう。
「そうと決まれば観光と洒落込もうじゃないか。」
路銀に関してはマルクさんが当面の街での活動費として、一人頭大金貨1枚をくれた。
相場は分からないけど金貨と言うからには決して安くない金額なのだろう。
さっきから露天や店舗のメニューや料金表を見比べているが、そのどれもが大体が大銅貨〜小銀貨の幅が占めている。
感覚的に言うなら小銀貨あたりが千円くらいの幅か?うーむ、いまいち分からなんな…大きい金額の方も見て振り幅を見定めるか。
一瞬【最適解】を使えばいいじゃん!…とも思ったが、何でもかんでも能力に頼るのは宜しくない。それにこれはこれで楽しいしな!
そして大通りをブラブラしていると、丁度いい感じの装備屋クラークという店があった。
クラークって…俺らの世界通りの言葉なら装備屋患者って意味なんだけど、まぁ流石に違うだろう。
武器屋にしては珍しく、どうやらこの店はガラス張りの中に武器を展示してあるようで値段も表示されていた…強盗の心配とかないのかね?
「『封魔の短剣』大銀貨27枚、『永痛の矢 20本』小銀貨10枚、『波斬り』小金貨5枚…。」
んー…幅に波がありすぎて検討がつかないな。恐らく何かしら特別な武器なんだろうけど、俺には価値がわからないから判断のしようがない。
まぁでも粗方予想はついた。大金貨持ってれば普通に観光する分には全然問題なし!
「市場調査終わりっと!じゃあ早速…」
先ほど見つけた屋台にいかにも食欲をそそる『ジャジャのタレ焼き〜爆椒風味〜』というのを食べに行こうとした…のだが。
「…なんの音だ?鐘?いや、警鐘か?」
カンカンカンッ、カンカンカンッと一定のリズムで捲したてる様な鐘の音が突如街中に響き渡った。
その音を聞いた街の人達は顔を真っ青にしながら一目散に逃げ始める。
「なっ、接近警鐘!?それに大型魔物の叩き方じゃないか!」
「なんでこんな時期に!!魔物が沸く季節はまだ先だろう!」
「そんなことよりも早く逃げましょう!」
どうやらこの鐘は接近警鐘と言うらしいけど、まぁ単純に考えれば魔物が近づいてきた事を知らせるためのものだ。
それにさっき聞こえた話だとその魔物は大型のもの。
「…はぁ。厄介ごとの匂いしかしない。」
俺も避難するか?
もともとこの街の人間じゃないし…というのは幾ら何でも薄情すぎるか。
市民の慌てようから見てそうそう起こるものでもないとなると、街の警備に当っている者だけじゃなく、冒険者にも召集…じゃないか、この場合緊急依頼みたいな感じで声が掛かるだろう。
「…ギルドに戻るか。」
はぁ…食べたかったなぁ、あのタレ焼き。
「あ!タクミさん!よかったまだ街に居たんですね!?」
ギルドの扉を潜ると先ほどのギルドカードを渡してくれたお姉さんが俺に向かってそう声をかけた。
「ギルドマスターがお呼びです!至急先ほどの部屋までお願いします!」
そう言うとお姉さんバタバタと他の業務をこなし始める。よく見ればギルド内部もかなり張り詰めた緊張感が漂っていた。
まぁあの市民達の慌て方を見れば状況がかなりまずいのは分かる。
兎に角今はローグのいる部屋に行くか。
「タクミです。」
「!!…入ってくれ。」
そう返答が返ってきたので扉を開けるとローグが神妙な面持ちでソファに座っていた。
リリアも今度は制服姿でローグの後ろに控えていた。
「話があるみたいですが?まぁ検討は簡単につきますがね…。」
「ああ、タクミには特例として遊撃隊に加わってほしい。これは緊急依頼に当たる。」
ローグは余程余裕がないのか駆け引きなんざ知るかとばかりに本題を直ぐに切り出してきた。
「そういう依頼って本来ならランク制限とかあるのでは?」
魔物とやらの強さや規模は今のところ分からないが、こんなに大々的に騒ぐのだから弱いわけは無いはずだ。
ならば余計な犠牲を出さないように参加者に一定の水準…ここではランクを設けるのが妥当。
そして今のタクミはGランク、所謂研修ランクと言われるお試し期間中の身である。
「下手な特例は他との軋轢を生みやすくします。今後のギルド運営を考えるならば安易な提案は避けるべきでは?」
「しかし…」
不確定な情報と状況しかわかっていない状態で、結論を出すのは愚の骨頂だ。俺は薄情ではないが、そこまで甘いつもりもない。
これが“仕事”というのであれば、納得できる情報と納得できる報酬が必要なのだ。
「……。」
ついにローグは真っ青な顔で項垂れてしまった。後ろに控えるリリアも悲しそうに目を伏せる。
「はっはっは!タクミ、そうクライアントを困らせるものではないぞ?」
ん?この声は…
「ショウゲン?」
「なっ!?」
「いつから…」
「ん?タクミがこの部屋に入ってきた時からだが?」
俺たち3人がショウゲンの声を認識した瞬間、いつのまにか俺の隣に座るショウゲンが現れた。
…うーん、じいちゃんってこの世界に来てから本当に気配を隠すレベルが半端なくなってるな。普通に俺でも気づかなかったんだけど。
「タクミ、お前は完璧を求めすぎとる。もう少し柔軟に対応さんと成せるものも成せんぞ?これは仕事じゃないのは分かっておろう?」
「…そうだな。あんまり意固地になるのも変な話か、ここはあっちじゃないんだし。わかった、ギルドマスターその依頼受けるよ。」
「!、助かる!詳細はリリアに聞いてくれ、俺はほかに集まった冒険者達に依頼内容の説明をしてくる。」
言うや否やローグは部屋を飛び出していった。
ん?なら俺もそこで説明を受ければいい話じゃないか?
「タクミ様の場合、ランクがランクですので…。無駄ないざこざを避けるためこちらで説明し、そのまま現地に向かって頂きたく…。」
あぁ、成る程。
俺の言った軋轢の話も一応考慮されてるわけだ。
「では早速、今回確認されたのは『巨体丸虫』と『群生蛛』の2種類で、目算で凡そ1000体、比率しては7:3程です。『巨体丸虫』全長3メートル程で動きは遅く、単体の攻撃力はそれ程でもありませんが外皮がかなり硬く、それによる体当たりは町の外壁を容易く破壊します。『群生蛛』は1匹あたりは子供程度の大きさで、大体5〜10匹の塊で行動する魔物です。1つの塊の中に攻撃役、防御役、補助役、探索役などに分かれており、どちらの魔物も基本的にパーティーで狩る魔物です。個体ランクはどちらもCランク、しかし数と魔物同士の相性を加味して今回の依頼はBランク相当と位置づけられています。なので今回の参加する冒険者はC以上となります。」
「こちらの戦力は?」
魔物の数に対しての冒険者の数、これが勝敗を分けるだろう。多少少なくても質が勝れば問題ないかもしれないが、大規模な戦闘において最終的に命運を分けるのはやはり数だ。
「…こちらの戦力は領主様の私兵が100、登録冒険者596のうち、ランク相当のものが257、残りのものはランク外の為街の防衛になります。各支部に応援要請を出していますがそれでも見込みは150に届くかどうかでしょう。」
合わせて漸く魔物の半分の数。兵力差は2倍、これが人間同士の戦争であるならば戦略等でカバーできる範囲だが、単純計算で1人頭2匹を倒せばいい話…ではない。
先程リリアは“パーティー単位で相手をする魔物”と言っていた。つまりこちらも1匹あたりにそれなりの人数を割かねばならないだろう。そうなると兵力差は2倍どころの話ではない。
「…見込みは?」
「…市民に関しては既に他の街への避難指示が出ています。」
答えになっていないが、それはつまり勝つ見込みが薄い、若しくは難しいと言っているようなものだ。
「はぁ…」
さてどうするか?確か村によく出る鶏がランクAの魔物だったはず、2、3匹相手にするのは問題ないが数が数だしなぁ。
こういう時の【最適解】だな。
【個体名 タクミ・ダトウが戦力として加わった場合の勝率は3割程度です。これはあらゆる状況をシュミレートした結果となります】
…だよなぁ。俺もそこまで傲慢でも自信家でもない、客観的に見積もってもそのくらいだろう。
仕方ない。
「到達までの予測時間は?」
「え?えぇと、観測地と移動速度を考えれば1時間程でしょうか。」
成る程ね…
「なぁショウゲン。」
「ん?なんじゃ?」
…なんで呑気に茶を啜ってんの?というかそれ俺に出されたお茶なんだけど。
「ギルドとの伝手を開拓するのも悪くない話だと思わない?マルクさん達との契約もあることだしさ。」
伝手は大事だ。それに俺たちはこの世界に来てから日が浅い。前世のように多方面に対してのコネクションというものが皆無なのだ。
ならば状況は最大限に活かさせてもらおう。
「成る程のぉ。悪くない考えと思うぞ?で?何人必要じゃ?」
「ちょっと待ってて。」
【最適解】、うちの一族で最小人数で最大限の成果を期待できる組み合わせを教えてくれ。
【シュミレート開始…結果…ヒスイ、ハヤテ、サオリが今回では該当します】
わかった。
「ヒスイとハヤテ、あとサオリで頼む。」
「了解じゃ、ではちと待っとれひとっ走りしてくるからの。間に合うかどうかは…うーむ、ヒスイの体力次第じゃろ。」
あいつ体力無いからなぁ…まぁ多少遅れても持たせるさ。ショウゲンはそれだけ言い残すとまた気配が希薄になりその場から消えた。
「あの…?」
リリアがなんの話をしてるんだ?とばかりに困惑した表情を浮かべていた。
「助っ人を呼んだ…こちらが勝手にやる事だから自己責任で構わないが、一応マルクさん…ワグナー伯爵とギルドマスターには伝えておいてくれ。あー…もういいか?」
「え…あ、え?…分かりました、両名には私の方から連絡を入れておきます。」
それだけ聞くと俺は部屋から出てそのままギルドの外へと向かう。
そこには大きな荷物を台車で引いた人や、手に持てるだけの荷物を抱えた親子、どうすればいいのか分からない様子で右往左往する市民達の姿。
「完璧を求め過ぎずに柔軟に、か。そうだよな、ここは日本じゃないんだからそう肩を張る必要もないか…」
そう呟きながら、タクミは喧騒が止まない大通りをゆっくりと歩いていった。
◆
王城、執務室。
その部屋で国王サンザール三世と秘書官のマルクは神妙な面持ちで話をしていた。
「それは誠か?」
「はい。緊急連絡用の高速鷲で文書が来たので間違いないかと。」
「前から小規模な魔物進行はあったが…些か今回は。」
「はい、類を見ない程の大規模なものです。オズフォード辺境伯は早々に市民の街外避難を発令。辺境伯の私兵、選抜した冒険者で何とか保たせるとの事ですが…」
「完全討伐は難しい、か。」
「恐れながら。消耗を考えずに人海戦術、更には冒険者のランクを問わずに動員し、損害を度外視して漸く、と言ったところですね。しかしそれをすると今後の国境付近の防衛が芳しくない状況になり…」
「かと言ってあの地域で止めなければ国内陸部にも被害が広がると。」
八方塞がりとはまさにこの事である。どちらに転んでも大損害は免れないという状況でも、この国の王たるサンザール三世は何かしらの決断をしなければならない。
「今あの街にはタクミ殿が滞在しておりますが、せめて逃げていただいた方がよろしいかと。」
「一騎当千の一族…か。助力を頼む…事は出来ぬな、それは契約に反する。わかった、そのようにこちらからも高速鷲を飛ばせ、そして防衛に関してだが…」
と、そこで執務室の扉がノックされる。この緊急時、余程の事案でなければ連絡は後回しにしろと伝令官に伝えてある為、それ即ち余程の事案なのだろうが。
これ以上の厄介ごとは勘弁してくれ…というのが2人の共通認識だ。
「入れ。」
「失礼致します!ガランのギルドより緊急の高速鷲が文書を届けてまいりました。こちらです!」
「うむ、ご苦労。下がっていいぞ。」
「はっ!失礼致しました!」
伝令官が部屋を出るとサンザール三世は疲れたようにマルクに声をかけた。
「マルク、なんと申しておる…。」
こんな状況下において朗報が来る事はあるまい。そう決めつけてマルクの言葉を待つ。
「…なんと!陛下、天は我々を見捨てておりませんぞ!」
「な、何が書いてあるのだ?」
「あの村よりタクミ殿、ヒスイ殿、ハヤテ殿、サオリ殿が加勢していただけるとの内容で御座います!」
「何と!」
サンザール三世は信じられないといった様子で椅子から立ち上がった。
「誠か!?」
あの村に関する報告書はサンザール三世も読んでいる。魔法と剣技を用い万能な戦いをするタクミ、山を簡単に消し飛ばすことのできる魔法を操るヒスイ、戦う姿は確認されてないが近衛兵が束になっても勝てないであろうハヤテ、Sランク級の魔物であってもテイムして使役するサオリ…その気になればあの村の住人だけで国を相手取れる戦力…というのが国王を含めた上層部の見解であった。
故に、だからこそ、サンザール三世はかの村に対して家臣以下貴族に“手出し無用、仮にそれを破りかの村に害をなした場合は国家反逆罪を適応する”とのお触れまで出している。
その為例え国難に際しても村に対する援助要請はサンザール三世はするつもりはなかったし、契約上する事も出来なかった。
だが相手からの申し出ならば話は別だ。
「はい、そのようです。タクミ殿からの提案と手紙には記してあります。どういう経緯での申し出かは書いてありませんが…陛下、これで勝ち筋が見えてまいりましたぞ。」
この時点でガランと魔物の衝突まで30分を切っていた。
前半、後半で分けるつもりでしたが、意外に長くなったので三部構成になってしまいました…