5.アビュソート・ゼノ
数秒間の絡み合いの後、ようやく幼女の舌が抜けていく。濡れたような目つきで顔を赤く火照らせ、幼女は舌なめずりをした。
「契約、完了したのじゃ。今からお主は妾のマスター。妾はマスターの契約精霊じゃ。さあ、あのデカブツを倒すぞ?」
「…………」
俺は今、湖の上に立っていた。そう、水の上である。俺の視線の先ではミノタウロスが湖の前で、警戒したようにこちらに視線を向けていた。
「……」
「どうしたのじゃ?」
「いや、まさかふぁーすときすじゃないよなって思って」
「なっ、何を言っとるんじゃ。ふぁ、ふぁーすときすなどっ今はそれどころではないじゃろう!」
顔を赤くして幼女は騒ぎ始める。自分からあんなことをしたくせに随分とウブな反応だった。若干の理不尽さを感じないでもないが、今は取り敢えず別のことを考えよう。
「今の一瞬で、あそこからここまで移動したんだよな」
ミノタウロスが立っている場所からここまでは、二十メートルほどはありそうに見える。少なくとも、今の俺のレベルでは出せる速度ではない。であれば、この幼女が何かしたのだろうが……。
「いいや?間違いなくお主が動いたのじゃよ?妾はそれをサポートしただけじゃ。あと、幼女ではない。妾の名はティアじゃ」
「……お前、心の中でも読めるのか?」
「お前でもないわ。契約した精霊じゃからの。それくらいのことはできる」
幼女……ティアは薄い胸を張った。俺はミノタウロスが攻撃してこない今のうちにウィンドウを開いた。
すると、ステータス欄の部分に『契約精霊』という箇所が増えていた。
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ティア
属性 水 ランク A+ スキル《水の恩寵Lv3》《水精霊術LV4》
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「どうせならチュートリアルじゃ。あのデカブツを倒して、精霊術の基本を学ばせてもらおうではないか」
「どうやって……、」
「グオオオ!」
「っ!」
このままでは埒が明かないと判断したのかミノタウロスが跳躍し、こちらに大剣を振り下ろしてくる。
「避けろ!マスター!」
ティアの声に従って、ティアを抱えて横にステップを踏む。一瞬で元いた場所から遠ざかり、ミノタウロスの大剣は空振った。大きな水しぶきが上がり、雨のように降り注ぐ。ミノタウロスは水の中でも俊敏に動き、なお大剣を振りかざして襲ってくるが、俺はそれを次々と避けていった。
「動きが違いすぎるな……」
「それは妾のスキルの一つ《水の恩寵》の効果によるものじゃ。ここの湖にいる限り、お主のステータスは8倍に引き上げられておる」
8倍。もうそれってチートじゃないか?だが、周りに水がないと発動しないスキルらしいので、《スプリーグ平原》なんかだと使いにくいスキルだ。だが、その分今は素晴らしい効果を得ることができているという事か。
《バーサーク》《筋力増加》を発動させ、大剣をミノタウロスの腕にたたきつける。
「ッ!?グガアアアアアア!?」
瞬間、俺の大剣が耐久度の限界を超えて壊れると同時にミノタウロスの腕が宙を舞った。湖に赤い血が広がっていく。
「剣が壊れたんだけど」
「言ったじゃろう?これは精霊術のチュートリアルに過ぎないのじゃと。じゃあ、妾の言ったとおりにせい」
どうせ剣がない状態で戦っても勝てるわけがないのでティアのいう事に従うことにした。
「妾の精霊としてのランクはA+ランク。お主は第5位階の精霊術まで使うことが可能じゃ」
「じゃあ、それを使うか」
片手を失ったミノタウロスの攻撃を避けながら、スキル欄を開き、術の名前を確認する。第五位階精霊術。一番威力が高いのはこれだ。
「妾との繋がりを意識せよ。意識したうえで、術名を叫ぶのじゃ!」
ティアとのつながりを意識してみる。特に必要な行為とも思えないが、云われた通りにしておくに越したことではない。
「《アビュソート・ゼノ》!」
瞬間、湖の水が持ち上がり、槍のように幾つも上へ打ちあがっていく。そうして上で旋回し、ミノタウロスへとその矛先へ標準を合わせた。
「ッグボア!?」
二十は超えるだろう水の槍が、次々とミノタウロスを貫いていく。最後の水槍がミノタウロスの心臓を打ち抜いた瞬間、ミノタウロスは光となって消滅した。
次の瞬間、アナウンスが流れた。
【イベントボス【ミノタウロス・プロトタイプ】を倒しました】
【MVPを選定します……】
【MVPがプレイヤー名『シュン』に選ばれました】
【『シュン』にMVP特典を譲渡します】
【『剛体の大剣』と、スキル《威圧の叫びLv1》を入手しました】
「はあ……」
ばちゃん、と水の上に倒れこむ。確かに水には触れているのに濡れていないのがとても不思議だ。
「まあ、妾の特性もお主に受け継がれてるからの。それより、先に持ち物を確認したほうが良いのではないか?」
無言でウィンドウを開き、手に入れた戦利品の説明を見る。
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剛体の大剣
巌で出来た大きな大剣。装備すると使用者の身体能力を向上させることができる。武器攻撃力770
スキル《身体強化:装備Lv1》
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さっき壊れた大剣のこともあるので、装備を切り替える。続いて、スキルのほうを確認した。
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威圧の叫びLv1
一瞬だけ相手の動きを止めることができる。レベルが上昇することによって様々な状態異常が付与可能。
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へえ。これは結構有効だな。【狂戦士】の俺からすれば、かなりいいスキルかもしれない。ステータスを見ると、レベルは2上がって12レベルになっていた。加えて、『剛体の大剣』の効果もあってか、HPやMP以外のステータスが向上している。二倍ほど。倍率がおかしい。
「それにしても、MPが結構消費してるなあ……」
あの《アビュソート・ゼノ》一発でほとんどMPが枯渇している。
「《精霊適正》の効果で精霊術による消費MPは抑えられているはずじゃが。まあ、お主は【狂戦士】のようだし元々MPは少ないじゃろう」
まあ、元々魔法専門の職業ではないからな。
「……ん?」
ドロップアイテムを確認していると、変なアイテムを見つけた。
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剣の証:イベントアイテム
剣の文様が刻まれた石。何かに使うのだろうか……?
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イベントアイテムらしいが、俺にはさっぱり使い方がわからないので放っておいた。もう少し釣りもしたいが、もうかなり遅いし寝ておくべきかもしれないな。釣りは明日からにしよう。
そうして、俺は始まりの街への帰路に就いた。
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≪キャラクター≫
名前:シュン
初期職業:【狂戦士】
≪ステータス≫
【狂戦士】:Lv12
最終攻撃力:1530
HP:900
MP:440
力:760(+380)
守:560(+280)
技巧:560(+280)
俊敏:632(+316)
知力:428(+214)
幸運:720(+360)
<装備>
『剛体の大剣』『初心者胸当て』
<スキル>
《筋力増加Lv2》《採集Lv1》《所持アイテム上限解放Lv1》《一定時間ダメージカットLv1》《バーサークLv1》《精霊適正Lv1》《水精霊術Lv4》《水の恩寵Lv3》《威圧の叫びLv1》
<ユニークスキル>
《釣りLv1》
<契約精霊>
ティア:属性《水》ランク《A+》
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《水の恩寵》のステータス補正を修正しました。