3.クエスト
桜が《スプリーグ平原》で一通り《シールドインパクト》をぶっぱなし終わった後、始まりの街に帰ってきた。空は茜色に染まり、暗くなってきている。時間の概念もちゃんとあるようだ。
「じゃあ、わたしはログアウトするね。お兄ちゃんはまだここにいるの?」
「ああ、ちょっとやりたいことがあるからな」
そろそろ《釣り》をしてみようかと思う。
「そっか。あんまり夜更かしはしないようにね」
それはあまりできない相談だな。そんなことを思いつつ、桜のログアウトを見送った後俺はNPCが営む道具屋に向かって歩き出した。一応、このゲームと現実世界の時間は一致する。つまり、今はもう夜なのだがプレイヤーの数はほとんど減っていないように見えた。
「なあ、《スプリーグ平原》でな?」
「あー。それ知ってる。めちゃくちゃ地形が破壊されてたんだって?」
「すげーよな。噂によると、何かのイベントの予兆じゃないかって話も出てる」
「初イベントかー!楽しみだなあ!」
さすがにプレイヤーがあれをしたとは思わないようだ。全く、俺の妹はチート過ぎる。掲示板を見てみてもやはり始まったばかりのゲーム感があっていいな。『太陽の獅子』……ギルドの勧誘か。それ以外にも、洞窟の攻略情報や、第一エリア攻略の情報収集など、ゲームクリアに勤しんでいる。
やがて道具屋に着き、入った。
「すみません」
「何か用か」
挨拶をして入ると、渋い顔つきの老人が顔を向ける。
「ここに釣り竿ってありませんかね?」
「……」
釣り竿について聞くと、老人は急に厳しい顔つきになった。緑のアイコンが黄色の!マークに変わる。クエスト発生のアイコンだ。まさか、ここでクエストが発生するとはな。
「どうかなさいました?」
俺が尋ねると、クエスト受注のプロセスが実行され、老人は話し始めた。
「……実はの。わしには釣りが好きな息子がおった。ただ、ここから東の洞窟のほうで釣りをしている最中、モンスターに食われて死んでしまったんじゃ。わしが釣り竿を作ることもできるが、とうてい作る気分にはなれん。ただ、あんたさんがどうしても釣りをしたいというならば、東の洞窟へ行って息子の釣り竿を取りに行くんじゃな。ほれ、これが鍵じゃ」
老人から錆び付いた鍵を投げ渡される。纏めると、釣り竿が欲しかったら東の洞窟へ行って取って来いと。そういうことらしい。
「わかりました。行ってきますね」
「ふん。せいぜい気をつけるんじゃな。息子を食ったモンスターはまだあの洞窟におるからの」
平和には終わらなそうだ。
◇ ◇ ◇
東の洞窟は、《スプリーグ平原》の反対側、《オロボケ沼地》の奥地にある。モンスターのレベルは《スプリーグ平原》に比べ、少しだけ上のようだ。《スプリーグ平原》のモンスターを一撃で倒せる程度にはレベルを上げたのだが、ここでは3撃ぐらいかかる。ちょっと試しにアレを使ってみるか。
「……《バーサーク》《筋力増加》」
体が赤いエフェクトに包まれる。剣を構え、俺はそいつが出てくるのをじっと待った。
「キシャア!」
泥の中から現れたのは【アルイゲータ】。ワニ型のモンスターだ。泥の中から突然飛び出し、その口を大きく開ける。だがその時には俺は大剣を振り終えていた。グシャ、という鈍い音がして【アルイゲータ】の頭部が砕ける。
《筋力増加Lv2》と《バーサーク》の重ね掛けで何とか一撃で倒せはするようだ。ただでさえ適正レベルは超えてるとは思うけど。
そうして洞窟に着くころには俺のレベルは3上がっていた。結構レベル上がるな……。
「さて、ここが東の洞窟か」
入ってみると、膝ほどの高さまで透き通った水に浸かっている。歩きづらい。さすがは湿地帯と言ったところだろうか。おかげで、戦闘はかなり戦いづらかった。
「ガアッ!」
「うおっと!」
ガブリ、と【アルイゲータ】が俺に噛みつき、HPが5分の一ほどグンッ、と減っていく。《バーサーク》を使っている影響もあるのだろうが、先ほどまでよりも明らかにダメージ量が多い。おそらく、《オロボゲ沼地》の【アルイゲータ】より、レベルが高めに設定されているのだろう。
何より、《オロボゲ沼地》の【アルイゲータ】より速い。こちらは水に足を取られて遅くなっているが、水がきれいなことが関係しているのか、【アルイゲータ】は確実に早くなっている。
「これは、俺をおとりにするしかないかなっ!」
「グギャッ!?」
腕を噛ませたまま、【アルイゲータ】を壁に押し付け、大剣を突き刺す。【アルイゲータ】は身をよじって逃げようとしていたが、やがてぐったりとなって消滅した。
「……回復アイテムの消費が激しいな」
回復のポーションを口に含んで、HPを全快させる。攻撃には長けているものの、【狂戦士】は受けるダメージが多い。このままのペースではいずれ回復アイテムは切れてしまうだろう。
「遠距離攻撃が欲しいな」
そうすれば、多少は楽になるだろうに。そんなことを思いながら、噛まれては突き刺し、噛まれては突き刺しの攻防が何回も続いた。
「……ん?」
水をかき分けながら進んでいると、陸地が見えてきた。とても大きい木造の扉が見える。自ら上がるとなぜか体が重かった。洋服が水を吸って重くなるとか、そういうのはいらないと思う。扉の前まで近づいてみると、大きな南京錠が3つ縦に並んでいた。
「……これだよな?」
老人からもらった鍵で南京錠の三つを開く。その先には、湖が広がっていた。
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