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ユニークスキル《釣り》が面白そうだったので、今日も俺は釣りをする  作者: メラ
第一エリア《シーモンクシヴェリオン》
24/24

24.不可視の斬撃

【アンドセル】の北側に位置する≪オロボゲ沼地≫。レベル帯で言えば初心者がまず初めに訪れるであろう≪スプリーグ平原≫のフィールドの【スモールラビット】や【ゴブリンチャイルド】といったモンスターに比べ、高く設定されている。



それと同時に、レベル帯が高いという事は得られる経験値も多いという事だ。多少レベルの高いプレイヤーとパーティを組み、その恩恵にあやかればレベルの上昇速度は一人の時のそれを上回る。基本的に経験値を最も獲得できるのはモンスターに対してとどめの一撃を入れたものだ。もちろん、それ以前に攻撃を加えていたプレイヤーには与えたダメージによって帰属権が存在する。だが、それさえ譲ってしまえば初心者に効率よく経験値を分配することができる。だから、俺は野乃花と≪スプリーグ平原≫、いわゆる初心者狩場より多少レベルの高い≪オロボゲ沼地≫を訪れ、手を貸すつもりだったのだが……。



「……本当にいいのか?」

「……うん。いい」



野乃花は一人で戦うつもりのようだった。装備ウィンドウを呼び出し、【ハイディング・オーバーコート】を身に着けた。野乃花の小柄な体を黒い外套が顔までもすっぽりと覆う。ミミズのような雨粒が外套を伝い、滴り落ちていく。



「……うぐ……」



野乃花の口から苦悶の声が漏れる。アリスの言っていたこの装備のマイナススキル《酩酊》。《気配操作Lv3》《暗殺Lv2》《光学迷彩Lv3》という隠蔽能力に秀でた装備スキルの代償として現れる症状。罹れば視界は歪み、平衡感覚は取れなくなる。アリスから聞いた話では以前これを使っていたプレイヤーはマトモに動けずモンスターに襲われ為すすべなくデスペナルティになったらしい。



だが、野乃花は再び涼しい顔をして平然とその場に立っていた。



「……思ってたよりきつかった」

「……意外と平気そうじゃのお」

「……状態異常対策のユニークスキルでも持ってるのか?」



俺がそう聞くと、野乃花はふるふると首を振る。つまり、こいつは自力で《酩酊》という状態異常を克服していることになる。

……《酩酊》がどれほどのものかは知らないが、果たして平然と立っていられる程度のものなのだろうか?



「……あれを倒せばいいの?」



野乃花は《酩酊》の状態でも目を凝らして20メートルほど先で沼地を潜航している【アルイゲータ】を指さした。



「あ、ああ……」



ただ茫然と俺は頷く。ただ、今の野乃花のレベルは1。装備も【ハイディング・オーバーコート】を除けば武器も初期装備と何ら変わらない。その【ハイディング・オーバーコート】ですら装備補正は初期装備のそれにすら劣っているのだ。いくら優秀なスキルを備えていようと、数レベル上の【アルイゲータ】を倒せる道理はない。



すると、野乃花はスッと空気に溶け込むように消えていく。あのにゃん助と同じ、《光学迷彩》のスキルだ。それから間もないうちにアルイゲータには一筋の剣閃が走り、野乃花がその姿を現していた。にゃん助も言っていた攻撃行動による《光学迷彩》の強制解除。



「グアアアッ……!?」



野乃花のナイフが【アルイゲータ】の皮膚を伝う度、皮が裂け肉が晒される。その傷はとても始めたばかりのレベル1のプレイヤーの攻撃が付けたものだとは思えない。



野乃花の【初期職業(ビギニングジョブ)】は【暗殺者】。レベル1からパッシブスキルを習得している有数の職業の一つである。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()、攻撃力を数倍化するパッシブスキルだ。【ハイディング・オーバーコート】の補正を含めればその攻撃力は十数倍にも匹敵する。



だが、これも万能ではない。攻撃力が数倍化されるのは敵から知覚されていないことが条件。つまり、敵から知覚されてしまえばその攻撃力はたちまちに元に戻ってしまう。【暗殺者】は元々ステータスが高いわけではない。特化しているステータスも強いて言えば素早さ。奇襲で通じていた攻撃も奇襲の後には全く通じなくなってしまう。



「……フッ!」

「グ、アアッ!?」



だが、何故か野乃花は数レベル勝るはずの【アルイゲータ】に傷を与え続けている。初手の奇襲を成功させた後も、だ。



それはつまり、【アルイゲータ】が未だに野乃花を知覚できていないことを意味する。無論、野乃花がいつまでも《光学迷彩》を発動して知覚不可能な状態で常に攻撃を加えているわけではない。《光学迷彩》には「攻撃行動をとると強制解除」「攻撃行動をやめて10秒後に再発動可能」という制約がある。故に、野乃花も常に不可視の状態で戦うことなど本来であれば不可能だ。



しかし、野乃花はこれを体の動きと《気配操作》というスキルの二つによって成立させていた。モンスターの目線や体の動きを自身の身体の動きや周囲の音、気配の存在によって誘導することで、自分の身体を相手から隠す。それによって敵対象は野乃花を補足できない。野乃花は十数倍に高められた攻撃を与え続けることができる。



しかも·········。



「······えげつないのお」

「······マジで同意だ」



野々花はその状況でも、明らかに【アルイゲータ】の急所とでも言うべき部位に攻撃を加えている。目や爪の間、口の中や鼻の穴などを突き刺し······というより、ほじくりまわしている。



「グギャアアアアア!?」



あ、もう片方の目も潰れた。



それが、野乃花の戦い方だった。卓越したプレイヤースキルとは、まさしくこのことを言うのだろう。確かにこれであれば格上の相手であっても圧殺できる。まさか、野々花のプレイヤースキルがここまで高いとは思っていなかった。武道の心得でも教わっていたのか?いや、どっちかと言うと印象的には殺戮者の方に近いかもしれない。



「すごいな……」



思わず口から感嘆の声が洩れる。野乃花の戦い方ははたから見ていないと分からない。相手からすればまさしく見えない敵からの攻撃。



その一方的な蹂躙劇を眺めつつ、俺は1レベルの身でありながら、野乃花の戦力が《盾王》の桜や、《剣王》のロキにも劣らないだろうことを予感していた。



【アルイゲータ】が光の粒子となって散っていくまでに、それからそう時間はかからなかった。【アルイゲータ】の末路を眺め終えた野々花が悠然とこちらに歩いてくる。



「······終わった」

「そうだな」



《酩酊》状態であるはずなのに、平然とそう言ってくる野々花に苦笑する。本当に《酩酊》の効果があるのか疑わしくなるほどの動きだ。俺の目の前にいるのは、化け物かもしれない。



「······なんか今しつれいなこと思ったでしょ」

「ベツニ、ナニモ」



おまけに鋭いときた。半笑いを浮かべていると、野々花が《光学迷彩》を発動してその場から消え失せる。直後、脇腹にナイフが刺さった。野々花のレベルは上がってはいるが、それでも《水の恩寵》によって引き上げられた防御によって俺にダメージは入らない。しかし、それに気がついていないのかなおも野々花は攻撃を仕掛けてくる。はあ!?



「······リアルではずっとガマンしてた。今なら······イケル!」

「なんでお前がゲームなんかに興味持ったのか、今わかったわ!俺をリアルで殺れないからって、俺をゲーム(ここ)PK (ころ)す気だろお前!?」



ハァハァと息を切らしながらナイフを振るう野々花の顔は赤らみ、目は爛々と輝いていた。ずっとガマンしてたって······毎朝のあれで満足できてなかったのか!



「······妾はちょっと離れるのじゃ~」



おいこら、ティア!お前だけ安全圏にいく気カヨ!?



「······あの、野々花?俺にダメージは入ってない。お前がどれだけ俺に攻撃しようと、俺は殺せないぜ?」

「え······ずるい」



野々花は一瞬戸惑いの表情を浮かべた後、何度か俺を突き刺して確認した後、でろんと項垂れた。

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