汝、殺すなかれ
「チャンスだと思ってるのか?」
「え……っ?」
アンソニーの、心の中を覗き込んだかのような言葉に、私はつい素で驚いてしまった。
「戦闘になればモルガナ……もとい、メリッサを早く殺せると思ったんだろ?」
「それは……」
しかしこの男、離れた所でとはいえ、本人が寝ているというのに全く気配りの片鱗すら見せない。
親の顔が見たいという言葉が喉元まで出かかるが、これまで見てきた限り『庭師』としては得てしてこういう無神経さが重宝されるものだったりする。
「否定はしないけど、でもそれはそっち(法王庁)も同じじゃないの?」
「どういう意味だ?」
怪訝そうな声に、私は説明する。
「だから、科学が進歩してるこのご時世で魔女がどうのなんてもう時代遅れだし、80年前ですら魔女の人権を考えるべきだなんて御仁もいたわよ」
何を間違えたのか、魔女はボロ布のようになるまで使うべきと標榜している庭園管理局の中にも、魔女を人間扱いするべきだと考える『庭師』がいた。
もっとも、戦争が進むにつれ人間ですら人間扱いされなくなっていった時代だ。結局は塒の枯れ葉が敷き藁になった程度の話で終わったが。
「正直言えば、処遇に苦慮している、なんて感じじゃない?」
「……まぁ、そういう話もあるな」
当の本人達にとっては今更感どころではない話ではあったが、実際問題としてここ100年ばかりで魔女に対する待遇は向上していた。
もちろんそれは、あくまでも猟犬に対する世話以上の意味はなさないものであり、現在でも魔女には戸籍もなければ墓もないのだけれども----。
「だがな……殺す殺すって、そう簡単な話でもないんだなこれが」