垣根の上で
ノートパソコンを持つ私の手は、震えていた。
かつて目にしたいと願っていた世界を形作る万物の根源が、この世界では解き明かされているのだ。
そして、こうしている今も、目に見える世界と重なるようにして、目に見えない世界が私の前に広がっている----。
それは、背筋がゾクゾクとする静かな興奮だった。
狩に連れて行かれた時に初めて覚えた、木々の向こうに鹿の滑らかな背中を見付けた時の本能的な喜びだった。
私は知らず知らずのうちに唇を噛んでいた。
ああ、この時代に生まれていれば----私はどれほど幸せだっただろうか----。
そして、今生きている人間は、どれほど幸せなのだろうか----?
「低周波や高周波は、人間の聴覚では捉えられないレベルの声として出されている」
「聞こえない声……人間の身体って、本当にすごいのね」
私の口から出たのは、素直な感想だった。
人間の身体の----いや、この世界のなんと不思議な事だろう。
「これがもっと昔に分かっていれば……私達は……」
「いや、何も変わらん」
アンソニーは即座に断言した。
「術の中身が科学的に解明されたからと言って、お前達が魔女から人間になる事はない」
「そんな……!」
私の小さな悲鳴は、司祭枢機卿に届いたのだろうか。
「お前達は、魔女だ。猫であれば愛でもしようが……人の姿をし、人以上の力を持つ者は、今も昔も忌むべき存在でしかない」
私は、思い出す。
火炙りの果てに灰の中から身を起した時の、審問者達の恐怖に満ちた顔を。
悪魔を見たかのような、絶望の言葉を。
下等な生命なのだと認識した時の、嫌悪の眼を。
それら全てを、魔女は受け続ける。
見える世界と見えない世界の狭間に、私達はいる。
二つの領域を隔てる垣根の上に、立たされている。
どこまで行っても、私達は境界から降りて人間の領域に立つ事は許されないのだ。
何故ならば、私達が魔女だからだ----。




