記憶の波濤
放たれた白鳩のような勢いで駆け出した少女は、そのまま片鱗の躊躇いすら見せずに階段を駆け下りて行く。
小さな背中で艷やかな黒髪が波打っている。
私を招くように。
くるくる。
くるくる。
螺旋の階段の底は見えない。
その代わりとでもいうかのように、カンカンカンと響くオリハルコンの高音はやけに鮮明だ----まるで何かの美しい結晶が割れ続けているかのように、少女の軌道を正確に刻んでいる。
くるくる。
くるくる。
後を追う私の姿を、もうフォルトナは見てはいない事を私は知っていた。
くるくる。
くるくる。
白く輝く光を離れて、私達はただ二人で暗闇を駆け下る。
ひんやりとした静寂と二つの靴音だけが、この空間を満たしている。
くるくる。
くるくる。
私は少女を見ている。
少女も私を見ている。
瞬きもせずに、暗闇の中で、互いの姿をこれまでにないほどにはっきりと捉えている。
黒髪の少女と金髪の少女が、位置標識めいた靴音を重ねて二人で一つの軌道を描いていく----いつか見た何処かの星の踊りのように。
無限に続く美しい木霊が、私に何かを想起させる。
(この感じ……私は知っている……)
遠い昔にも、私はこの螺旋を描いた事がある。
遠い未来でも、私はこの螺旋を描いた事がある。
(いや、だってそんな……未来の記憶だなんて、あるはずがないのに……!)
だが、どんなに否定しても、私の『記憶』は深い海の底から身を起こした濃紺色の波濤のようにうねり、伸び、絶対的な質量で私の理性を侵食していく。
くるくる。
くるくる。
くるくる。
くるくる。
酩酊に近い感覚が、過去の記憶と今この瞬間を撹拌しているのが分かる。
そして私は唐突に理解した。
今ここで起きている全ては現実なのだと。
この螺旋階段で私が今見ているのは、時間と空間にほかならない、と----。




