死が二人を分かつまで
成人の儀の日、空は抜けるような青空だった。
それは昨日と同じ青空。
先月と同じ青空。
一年前と同じ青空。
そして、私達がこの星に降り立った時とは違う、人間の精神から不安と悲しみを取り除くように注意深く調光された----人工の青空。
その完璧な青空の下で、私はこの日のために誂えた長衣を纏い、湧き上がる歓声と共にこの日のためだけに作られた塔へと向かう。
都の中心に聳え立つ巨大な塔は、私が監督官となるための神聖な場所----としか伝えられていない。
優美な曲線を描きながら空へと伸びる塔を、私は見上げる。
隣を歩いていた黒髪の少女が、一言呟く。
「こわい……」
波のように押し寄せる歓声の中、その声は妙にくっきりと聞こえて、私の歩みを遅くさせる。
「マリア、ねぇ……ひとりにしないで……」
幼い少女の装束は、私のものと全く同じだ。
「大丈夫よ、言ったでしょ? 私と貴女は二人で一つ、離れる事は決してない、って」
少女の手を私は握る。
緊張のせいだろうか、握り返して来たその指の動きは、ぎこちない。
「そうですよ、『神』と『巫女』は一度結ばれれば、その繋がりは永遠となります」
フォルトナが詠うように言う。
「何度も申し上げたでしょう? 二人はひとつ……唯一、死が二人を分かつまで、と」
「そうよね……」
それは何度も聞かされ、自身も口にしてきた言葉だ。
私と少女は対の存在。
私はこの星の唯一の『神』として存在し、少女はその神の唯一の『巫女』として存在している。
そして、その私達に常に寄り添っているのが補佐官であるフォルトナだ。
(寄り添う?)
ふと私は疑問を抱く。
私達から一歩下がって付いて来るフォルトナは、穏やかな微笑を湛えたままだ。
不安も悲しみもない、永遠の平穏そのもののような微笑----。
なのに、私の中にぽつりと芽生えた小さな不安は徐々に広がり、血管を巡り、身体全体に少しずつ澱のように溜まっている。
(いやいや、フォルトナが補佐官として私達の側にいるのは、当たり前の事じゃないの)
不安を振り払おうと私は青空を見上げる。
心を落ち着かせてくれるはずの完璧な青空は、しかし私の願いには応えてくれなかった。
(フォルトナは補佐官であり、それに私の大切な友人……よね……?)
友人だからこそ私は彼女に秘密を明かし、彼女もその秘密を守ってくれていた。
(そうよ、私の言動が機構の法に触れても、それを報告する事なく今日まで私を導いて……)
塔が、私達の姿を認識してゆっくりと入口を形成し始める。
この都に集まっている人間達の全ての知性を集めたとしても、塔の中枢部の末端にも及ばない。
ごくり、と私は唾を飲む。
私は、この星にいながら、惑星機構の評議員達の前に立っているのだ。
『神』でありながら、これから審判を受けるために。
不意にフォルトナと目が合う。
私達三人のうち、一人だけ人間の前には姿を現さず、この星と『神』と『巫女』の記録をひたすらに続け、記憶し、機構に報告する----それが補佐官としての彼女の任務だ。
この星でだけではない。
全ての補佐官は『影』として『継承者』に仕え、表に出る事はない。
補佐官は、その身分は公職にありながら人としての権利を機構によって全て剥奪された存在なのだ。
私はようやく違和感の正体に気が付く。
(……だったら、何故この場にフォルトナがいるの……?)
フォルトナが微笑む。
紅い瞳が私を見ている。
私は、息をする事ができなかった----。




