死の玉座
そして。
はじまりの魔女は、開け放たれている鉄の処女を静かに指す。
「!?」
何かを悟ったのか、悲鳴も上げられないままホルダが絶望で身を凍らせるのが見えた。
次の瞬間、その姿は忽然と消えた。
(……今のは!?)
柔らかな物が硬い物に当たる音。
そんな鈍い音が微かにファラリスの牡牛の中から聞こえた気がして、私は自分の全身から血の気が引くのが分かった。
だが、それで終わりではなかった。
今度は鉄の処女の中にジョリーナが立っていた----ホルダと同じように四肢を拘束された姿で。
「え、な、何なのよコレ!? 私をここに入れたって意味ないわよ!?」
女主任は驚きと恐怖で顔が真っ赤になっている。
ただ、ホルダと違い、口輪はされていない。
「これは魔女ホルダの『力』を増幅するための装置であって! 私なんかを入れたって何の意味も……!」
サイレンに負けないほど不快に響く抗議の声には、幾ばくかの屈辱感も感じられる。
他人を力で支配する事は慣れていても、己が力で支配される事には全くと言っていいほど耐性のない人間なのだろう。
「もうッ! 早く出しなさいよ! 私にこんな事したって遅いのよッ!もう世界の運命は決まったのよ!」
ジョリーナは、子供のように拘束された手足をばたつかせ、首をぶんぶんと振りながら喚き続ける。
もはや拷問器具に投げ込まれたホルダの事など、頭から消し飛んでしまったかのようだ。
滑稽を通り越して、もはや憐れとしか言いようのない醜態だった。
この女がもし本当に私の遠い末裔だったとしても、今の私には他人よりも他人にしか感じられない。
『……10』
そして。
秒読みが始まった----。
『9』
淡々とした感情のない声が、世界の終わりが近付いている事を教えてくれる。
『8』
しかし、モルガナは黙ってそれを聞いているだけだ。
『7』
牡牛の形の拷問器具が微かに揺れている。
拘束はされていないのだな、と私はぼんやりと思った。
『6』
----いや、何故モルガナはこのままホルダの『力』を発動させようとしているのか?
『5』
女主任が叫べば叫ぶほどに、モルガナの放つ黒い輝きは冷たく鋭くなっていく。
モルガナはまだ私の身体から『力』を吸い上げ続けている。
『4』
秒読みの声が遠くなる。
身体中が悲鳴を上げている。
『3』
(ああ、そういう事なのか……)
『2』
アンソニーの言葉が、鈍磨した私の思考の中でようやく意味を持った。
『1』
「ホルダが歌えばもう法王庁だろうがなんだろうが止められないのよ! 私達が! 私達魔女がこの世界を支配するのッ! ホルダ! 歌いなさいッ! ホルダ……ッ!!」
『アイゼルネ・ユングフラウ起動!!』
秒読みが完了し、人工音声は完全に沈黙した。
ローゼン・ガルテンは狂ったような高笑いをする。
「ほらッ! 聞いたでしょ!? 今のでホルダの口輪が自動解除されたわ! 私の勝ちよ……ッ!!」
はじまりの魔女は、黙ったまま微笑んだ。
彼女はこの時をずっと待っていたのだ。
やっと思いのままに封じられていた『力』を全て解放できる。
そんな、楽しげで嬉しげな----そして底のない、残虐極まりない笑みだった。
そして、勝ち誇って笑い続ける女主任に優しく囁いた。
「やっと始まったわ……だから今からそれを貴女のための玉座にしてあげる」
まるで幼子を慈しむかのような声で。
「わ、私のための、玉座……?」
「そうよ、何もかも見る事の出来る最高の特等席でもあるわ」
訝し気な女主任にモルガナは目を細めて、鉄の処女を指す。
「そう……本来の目的通りの、アイゼルネ・ユングフラウという名の処刑器具に戻してあげる」
「嘘ッ!? いやぁぁぁぁぁぁッ!!」
鈍色に光る鉄の処女と壁の間に繋がれていたコードが一瞬にして消えた。
それと同時に、内部を覆っていた大小の部品が一つ残らず小指の長さ程の光沢を持った針へと変化する。
「あッ!!あああ!! がッ、はッ!! ああああああああああああッ!?」
開いたままのアイゼルネ・ユングフラウの中で女主任が悶絶する様子を、モルガナは目を細めたまま眺めている。
「あら、まだ背中と首筋にしか刺さってないのに、随分と堪え性がないのね。残念だわ」
そして今度は目の前の牡牛に目をやる。
「ホルダには私の最後の『力』を返してもらわないとね」




