魔女のスープ
「なりそこないの魔女さんには、これが何か分かるかしら?」
分からないはずがない。
一目見ればもう十分な代物だ。
私は、その中身と同じものを何度も目にしてきたのだから。
「これはね、全ての収容所で青い血を持つ娘を選別し、そのオリジナルから採取した細胞を培養したものよ」
「……オリジナルは、どうしたの?」
聞きたくないが、私には聞く義務があるような気がした。
もう何もかもが手遅れになっているのだとしても。
「魔女になる前だから『力』を出せない分始末は楽だったわ」
始末。
バチカンだろうがナチスだろうが使う言葉は変わらないのだな、と私は妙に感心する。
「やっぱりオリジナルの細胞はクローンの細胞なんかよりも遥かに持続効果があるわね……で、これはその最後の一本って訳」
ガラス瓶の中身から私は目が逸らせない。
そう、それは紛れもない人間だったもの。
『魔女』の血を持ちながら、発現せずに平和に暮らしていた娘達の身体だったもの----。
(『魔女』の血を持つ娘達を液体にして、体内に取り込む……この女の『力』の供給源は、溶かした少女達の細胞……!!)
この女は『魔女』ではない。
だけど『魔女』と同じ力を発現できる。
(そう、青い血を使えば人間でも『力』が使えるという事なのね……)
チョコレートの欠片以外は何も入っていないはずの胃から、何かがせり上がって来る。
口を開いたら甘酸っぱい物を吐いてしまいそうだ。
それでも、呻きに近い声を私は女主任に投げ付ける。
「……貴女、狂ってるわよ」
「そこは研究熱心、と言って欲しいわね。自分の身体で実験しているようなものなんだから」
白衣の女主任は見せ付けるようにして硝子の瓶の蓋を取る。
「魔女のスープなんて昔からあったんだし……いや、これだと『魔女で作ったスープ』って言わないと文法的に間違ってるのかしら? ドイツ語分かるんでしょ?」
ためらいもなくそのままクイっと呷る。
「どうでもいいわよ」
何の躊躇もない、流れるような仕草が、彼女がとうの昔に一線を越えてしまっているという事実を雄弁に物語っている。
「それが生憎どうでもよくないって訳」
また円環の魔法が発動したのだろうか。
それでもこの世界にはもう私達三人とアーネンエルベの二人の魔女しかいないような静寂が訪れる。
「……私にはこの計画を成功させる義務と資格があるのよ。そのために様々な手を使ってアーネンエルベに潜り込み、ナチスの様々な計画にも裏で関わって来た」
空になった瓶を無造作に床に投げ、女主任は含み笑いをする。
義務と資格?
この女は何を言っているのだろう?
全く理解できないという顔の私に、女主任は異常なまでに明るい笑みを向ける。
この場には一番ふさわしくない笑み。
計り知れない悪意が籠った、蛇のような笑み----。
「アイリス、貴女は1484年にドイツで魔女として火炙りになった■■■■家の姉弟を知っているでしょ?」




