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死地

 首を落とした時に一緒に落ちたタグを拾ってやろうかと一瞬腰を屈めかけたが、やめた。


 この犬は、ただの犬のままでいい。

 管理されていた時の番号を私が知っても、もう何の意味もないだろうから。


「……さて、次か」


 凄惨な姿とは反対に穏やかな顔で夜空を見上げている仲間の姿に動揺する事もなく、戦闘の成り行きを見守っていたであろう他の犬達は、慣れた動きで緩やかな円を描くようにして私を取り囲む。


(やはりエンゼルトランペットの効き目には個体差があるな……)


 ゼイゼイと乱れた息を吐いている犬。

 足取りはしっかりしているが、まるで私の存在を忘れたかのように闘志の一片も纏っていない犬。

 それでもある一つの秩序が彼らを貫いている。


 ロザリオの鎖のように。


 彼らの体躯であれば人間とほぼ同じような体重だろうが、脳の構造からして効果は多分違うだろう。

 どんな行動をとるか、まるで予想がつかない。


 それでも、見て感じられるほどにはエンゼルトランペットの毒は確実に犬達の精神を蝕んでいる。

 このまま闘志を失ったままでいてくれればいいのだが。


(どうしよう? もうメリッサ達を追い掛けた方がいいのか?)


 このまま犬達が自分達の世界に入ってしまったなら、いつまでも付き合っている暇はない。

 とにかく一刻も早くメリッサ達と合流したい。


(行くか……!)


 正直もうこれ以上『力』を消耗はしたくは----。


(いや、来る!)


 三頭、いや、四頭?

 己の異変の原因が私だと理解したのだろうか、隊形の中から注意深く近付いて来る。


 目付きは血走っているとはいえ、まだしっかりしている。

 そのうえ、まだどこにも怪我を負っていない。


(ちょっと面倒だな……)


 動きからすると思考力も戦力はほぼ落ちていない。


 犬達は相談でもしたかのように私の前後左右を取り囲んだ。

 絶対に仕留めるという強い意志を彼らから感じる。

 私は兎どころか袋のネズミだ。


(……あまりやった事がないけど、やるしかないか)


 今までのように一頭、二頭ずつ襲って来るような作戦ではない事は分かる。

 つまり、私の後方からも攻撃が来るのだ。


 こうした攻撃にさらされた時の応戦の方法は一つ知っている。

 反撃の間を与えずに一瞬で四方の敵を斬り倒す日本の武芸----居合のひとつだ。


 そのなかでも前後左右を囲まれた時に周囲の敵を斬る型は『奥居合』といい、現在の日本でも実践できる者はほとんどいないという。


(それを犬相手にできる? いや、それでも今はやるしかない……ッ!)


 私は大剣の露を払い、その場にスッと座り込む。


 左足は日本で言う正座。

 そして右足は、半ば立てるような座り方で、いつでも力を入れられるよう神経を集中させる。


 犬達にとっては最も襲いやすい姿だ。

 ただ、その意味に気付くかどうか----。


(さあ!来なさいよ!)


 正常な判断のできる時なら、あるいは罠だと気付くかもしれない。

 だが、少量とはいえ毒草の影響を受けているとなれば、彼らは最高の機会と見なして一斉に襲い掛かって来るだろう。


(これでダメなら、もう腕を切ってでも無理矢理喰わせるしかないかな)


 その瞬間だった。


 気配があった。

 同時に私は無意識のうちに音もなく立ち上がった。


 何も考えずにただ身体が流れるように動いていた。


 背後の犬を見もせずに突き刺し、そのまま振りかぶった刀で右の犬を切る。

 そして正面の犬はいなしたまま、左の犬の首を斬り飛ばした。


 そして、最後の一頭が正面に残った。


 その軍用犬に私は問う。


「そうか、お前がリーダーだったのか」

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