エンジェルトランペット
まるで私の言葉を理解したかのように、次は二頭同時に飛び掛かって来た。
最初の仲間の失敗を見て即座に作戦を変えたのだろう。
連携が取れていないようで取れている。
「……くッ!」
一旦は躱せたが、間髪を入れない二回目の攻撃で私の両脇腹を純白の牙の先が裂いた。
(一回目は陽動だったか!)
修道服の破れ目から血が飛び散る。
血飛沫が、犬の鼻先に降り注ぐ----が。
「……そんなッ!?」
私は目を見開いた。
確かに私の脇腹の血を口にしたはずなのに、その犬は動きを止めることなく更に深く私に噛み付いたのだ。
(私の毒が、効かない……!?)
私の一瞬の狼狽を犬達は読み取る。
気配を感じた時は遅かった。
(コイツら、人間の指示もないのに自分達で作戦を立てている!)
背後から膝の関節に言葉にならないような衝撃を受け、身体の均衡が崩れる。
腱がやられたのが本能的に分かる。
「この……ッ!」
私の中で、鈍っていた闘志が完全に目を覚ました。
それはもはや本能と本能のぶつかり合い----潰し合いだった。
人と犬の境目など既に消えている。
どちらかが全滅するまで、あらゆる手段を使って相手の命を喰らい、貪り尽くす戦いだ。
この犬達が死ぬか、私が四肢を失いメリッサ達に合流できなくなるか。
(合流できなければ、それは戦場では死と同意義だ)
メリッサは私がいないと完全体に戻れない。
あの身体では『娘』を倒せない。
(だから! 何としてでもコイツらを片付けないとッ!)
再び犬が飛び掛かって来る。
地面に押し倒されないうちに、私は咄嗟に残った片足に力を込め、剣を支えになるべく高く飛び、宙返りで辛うじて躱した。
(毒が効かないのはマズい……でも何故!?)
両脚で降り立った私は、またしても向かってきた一頭の首をなんとか跳ね飛ばす。
闘志は全く衰えてはいない。
血飛沫が私の半身を生暖かく濡らす。
シスター服はもう身体中に張り付いて、身体の動きを重くしている。
(そうか、アンソニーが言ってたのはそういう事か!)
最初から情報将校アンソニーは言っていたではないか。
軍用犬の用途は広く、訓練を重ねて数を増やした結果、第一次大戦の末期、ドイツ軍は実に二万頭の軍用犬を戦場に投入していた。
そしてその後も生き続けて、交配と訓練の繰り返しでほぼ先祖返りのようになった血統もある、と。
(戦闘に投入されるだけではない。例えば国外での戦闘なら? 安全確認や見知らぬ食料の毒見役に兵士を使うか?)
答えは否だ。
時には初めて目にする毒のある食べ物もあっただろう。
そを食べさせられて死んだ犬達も多かったはずだ。
だが、もしもそういった毒見を重ねて耐性を付けた犬が残っていたとしたら?
終戦後戦場の生き残りの犬達を管理し、掛け合わせて戦闘力と防御力の突出した血統を作り出したのだとしたら----?
毒を喰らっても、弱りはする。
しかし死にはしない----。
すでにかなりの時間を足止めされてしまっている。
だが、勝算はある。
私が日頃食べているのは、致死性の薬草だけではない。
遅効性の毒草や、強い幻覚作用や錯乱を引き起こす草も幾つかその中に含まれている。
そう、例えばエンゼルトランペット。
純白でまるでラッパのような形をした、誰もが手に取ってみたくなる美しい花だ。
花言葉は----偽の魅力。
天使のラッパ。
私はヨハネの黙示録を思い出す。
災いを起こす天使は七人いたはずだ。
だが、これが何番目の天使のラッパなのかは私には見当もつかない。
(そもそも犬に幻覚作用ってどのくらいで効くんだろうか?)
それでも、私は賭けるしかない。
「……ッ、このくらいか」
私は素早くシスター服の両端に剣先で深めのスリットを入れた。
(少しは動きやくなった)
そして残った軍用犬達に満面の笑みで両手を広げる。
「さぁ、いらっしゃい、これからが本番よ……ッ!」
天使のラッパは、地獄の入り口で吹き鳴らされた----。




