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毒兎

 私達を降ろした車両は、瞬きする間もなく深い闇に溶けて行った。


 運転手が誰だったのか、赤軍ソビエトの包囲をどうやって突破するつもりなのか、などという幾多の疑問が形になる前に、私は犬の気配のする方角へ走り出す。


(どれだけいる……? 五頭、十頭? ダメだ全然分からない!)


 複数の気配だという事は分かるのに、その気配はまるで一匹の獣のように一つの意思を放っている。


 こんな感覚は初めてだった。


 吠える声は一切聞こえない。

 私は知っている。

 こんな時に犬が吠えるのは、威嚇の時と恐怖を覚えている時だけだ。


 真の殺意標的に向けた瞬間から----犬は決して吠える事はない。


(これまでの犬とは気配が全然違う!)


 屋敷の番犬あたりと戦った経験ならいくらでもあるが、軍用犬なる存在は初めてだ。

 というよりも、恐怖が一切混ざっていない純粋な殺意----それを犬から向けられているというこの状態が、初めてだ。


(……今の私も、兎と同じね)


 果てしない闇の中で、自分をひどく矮小に感じた。


(でも、この雰囲気に呑込まれる訳にはいかない!)


 これまでにない厳しい戦いになる。

 それだけは間違いなく断言できる。


 いくら大剣を振るっても、これだけの数ならば隙をついて飛び掛かられるだろう。

 ましてや訓練されている軍用犬であれば、俊敏さも殺傷力も桁違いのはずだ。


(でも、所詮やる事は同じ……!)


 どうも私を前にした肉食動物は、異常に食欲をそそられるらしい。

 そのため私の役割は、いつも他の魔女達を先に行かせるための囮なのだ。


 どれだけ腕を食い千切られようが、どれだけ血を失おうが、私の細胞は甦り再び剣を握る事ができる。

 だが一方、私の血と肉を口にした生き物は、魔の力によって守られていないモノ以外は全て泡を吹いて死ぬ。


 何故なら、なりそこないの魔女は、死なない身体を持ったおかげでその血の一滴までを解毒不能の毒薬へと作り変えられているからだ。


 私はそういう使い道の『道具』なのだ。


「さぁ、毎日お皿に山盛りの草を食べた美味しい兎よ! 早く出てらっしゃい!」


 私は剣先を下に向け、胸に左手を当てる。


 ベラドンナ。

 シュロソウ。

 キングサリ。

 ダチュラ。


 それから----。


 まぁ、その草というのは全て温室で栽培された毒草なのだが。


 やがて暗闇が凝縮したかと思うと、四方から幾つもの影がのそりと浮かび上がって来る。

 私の事をじっと観察していたのだ。


(……これだけ近くの気配に気づかなかったなんて!)


「お腹ペコペコでしょ? 遠慮しないで好きなだけ食べたらいいわよ」


 さすがというのだろうか。

 肋骨が浮き出ているとはいえ、単なる食欲のみでは襲って来ない。


 これが、軍用犬かれらの戦い方なのだ。


「ほら、残飯なんかよりもずっと美味しいわよ」


 挑発の言葉を終える前に、突然黒い影が正面から飛び込んで来た。

 さすがにいきなりの熱い接吻は遠慮して欲しいので、大剣で薙ぎ払う。


(始まった!)


「……ッ!」


 手応えは浅かった。

 黒い犬は声を出さずに素早く飛び退く。


(狼のような戦い方だ……私の出方を見て次の攻撃に移る気か……)


 そして気付く。

 これが、アンソニーの言っていた『先祖返りした血統』なのだとしたら----。


(だとしたら、私が今戦っているのは並みの犬なんかじゃない……!)


 極限まで戦いに特化された引き締まった四肢。

 鋭い眼光。

 そして、一度敵と相対した時は、敵を倒すまで己の死を流す事を厭わない意思----。


 つまり、首相官邸を護衛しているこの軍用犬の群れは、前の大戦を生き延びた犬達の子孫であり、迷い込んだ獲物を狩る猟犬であり、例え首輪をしていても、れっきとした主人を守護する犬神アヌビス達なのだ。


「ははッ、それなら私はさしずめ神殺しの魔女って訳ね!」


 仮に兎だったら、ここで彼らの血肉になるしかない。

 だが私はそういう訳にはいかないのだ。


私を贄にするのは、メリッサただ一人だから。


「それなら茶番はこれでおしまい、本気でり合うわよ!」

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