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出土品より とある領主の1467年の日記の断片

 ああ、遂にこの日が訪れた。


 今日という日は、私が、いや私達が長い間待ち続けた祝福すべき日だ。

 人類の歴史に刻まれる大いなる喜びの日だ。


 青き薔薇が蘇り、しかもこの私の腕の中で安らかに寝息を立てている。


 なんという喜びか。


 言い表すための語彙が見付からない。

 どんな言葉もこの奇跡の前では色褪せてしまうだろう。


 そうだ、この赤子こそが再びこの世に現れた青い薔薇なのだ。


 母親譲りの黒い髪に白い肌。

 そして、全てを見通すかのような漆黒の瞳。


 まだ蕾だと言うのにその『力』は腕を通じて私の全身に温かな流れとなって伝わって来る。


 生まれたばかりだというのに、その姿はどんな聖母像よりも美しい。

 それもそうだ、有象無象の手で作られた単なる模造品は、真の女王に敵うべきもない。


 言い伝えは嘘ではなかった。


 女王は人間からだけではなく、常に生き物達の畏怖と敬意をも受けていたという。


 生まれ落ちた瞬間、その産声に応えて庭の草木はざわめいた。

 森の木々は風もないのに枝を揺らし、鳥達は一斉に飛び立った。


 その瞬間、私は確信した。

 私達の悲願は幾多の犠牲を乗り越えて遂に叶ったのだと----。


 古文書の記述と同じ光景を、私は歓喜の思いで見詰めていた。


 父も祖父も曽祖父も味うことを切望しながら叶えられなかった、この天にも登るかの心地は私にしか分からない禁断の果実の味だ。


 辺境の地でバチカンの監視から逃れて生き延びた、分家の血筋。

 黒い森の陰で脈々と青い薔薇の秘密を守ち伝えて来た、本家の血筋。


 古より続く二つの流れが、妻の胎で結実したことを確信させるのにこれ以上の光景はなかった。


 聖なる赤子は何度見ても美しい。


 泣くこともなく、父である私を大きく開いた瞳で見上げている。

 いや、私は父であり、そしてしもべであるのだ。


 この先バチカンの目を欺き蕾から開花するその日まで私はこの赤子を娘として育て、人間と同じような振る舞いを学ばせ、領主の娘としてあらゆる教養を与えなければならない。


 しかし、私亡き後は----?


 その役割を引き継ぐための息子が必要だ。


 弟であり、僕この■■■家を継ぎ、同時にしもべとして、新しい世界の女王を陰で補佐するための、男子を。


 何も知らない医者は、妻はこれ以上の出産には耐えられないだろうと言う。

 しかし、私にはなんとしてでも息子が必要なのだ。

全てを託せる優秀な息子が。


 妻にこの事を打ち明ける訳にはいかない。


 だが、男子を産めなかったという負い目なのからか、私に幾度も詫び、泣いて許しを請いた彼女なら、私の願いを聞いてくれるだろう。


 妻もまた青い薔薇の血を引く者の流れの一人として、その命を賭してもらわなければならない。


 全ては私の女王のために。

 新しい世界のために。


 バチカンなどというまやかしの組織の軛から私達が開放されるために----。


 私の本当の研究はこれから始まるのだ。


 だから、この美しい蕾が青い薔薇として覚醒するまで、私は日夜その健やかな成長を神に祈り続ける事にしよう。


 信じてもいない、虚ろな存在に膝を折り、心から----私の女王、モルガナのために。


 アーメン。

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