ローレライを殺しに。
「計画の存在自体は比較的早くから知られてはいたが、その全容は我々にも分からずじまいだった」
我々、という表現に私は少し引っ掛かりを覚える。
この男、名乗った通りの所属と階級なのだろうか?
それにしては、煙草の匂いに紛れて香油の匂いが、微かに感じられる----。
「計画の中核となる『娘』についても、それが機械なのか人間なのかすら不明だった。ましてやアーネンエルベが関わっているという時点でも我々は確信できないでいた……」
声に含まれた苛立ちはプライドゆえか、それともまさか正義感というものでも持ち合わせているつもりか。
「しかし、よりにもよって『娘』が人間、いや、魔女だとはな」
「魔女と科学技術の涜神的な結合とでも言ってそうね、貴方達なら」
胸のむかつきを吐き出すようにして私は嘲笑する。
人間が、魔女の『力』を科学技術を使って強力な兵器に変貌させる。
これが今のこの世界の戦争なのだ。
剣は銃に。
馬は戦車に。
大砲は飛行機に。
そして魔女は、一国の存亡を賭けた大量殺戮の道具に変えられた。
全ては人間がその手で行った事だ。
人間が人間を殺すために魔女を使う。
ただその規模があまりにも違い過ぎる----。
(今までだって私達は人間を殺して来た……でも、これは……)
「ほお、魔女が人間同士の殺し合いに思う所でもあるのか?」
「……私は、魔女じゃない」
私の何度目かの抗議に、得体の知れない男は声もなく笑った。
「ああ、『なりそこない』なんだもんな? 確かにオレの知ってる魔女の匂いじゃない」
ああ、やはりコイツはただの情報将校なんかじゃないのか。
私ならともかく、メリッサといても平然としている。
では、この男は何者なのだろうか----?
「それに比べて、このチビはどんなに幼生化されていても魔女の匂いがする」
メリッサは私達のやり取りを聞いているのかいないのか、見開いた目でどこか遠くを見ている。
「逆に言えば、そこまでの『力』があるからその姿でも生きている」
「……どういう意味?」
始まりの魔女であるメリッサなら、自らの姿を自由に変化させる事も可能だと、私はなんとなくそう思っていた。
メリッサが地下の牢に来てから、園丁達の命令に逆らったところを見た事は一度もない。
反抗的な魔女は何人もいた。
というよりは、私を含めバチカンに収監された魔女達で従順だったのは、ほぼ寝たきりのアネモネ以外誰もいなかった。
魔女達は人を憎み、呪い、そして神の名の下の戦いに倦み、『力』を使い果たし、灰となって消えて行った。
なのにメリッサは、まるで自らの意思で来たとでもいうかのように、与えられた部屋で毎日書物を書き続け、出動の命を受ければ表情一つ変えずに私を手招きし、詩編23編を唱えながら封印を抜けていく。
遠巻きに監視する園丁達を、まるで従えているかのような威厳でメリッサは法王庁の中庭から解き放たれる。
その姿は、まさに女王だった。
私だけの女王だった----。
だが、今のメリッサはまるでその頃の記憶をすべて失ったかのような、空ろな瞳の色をしている。
「幼生化、って、メリッサが自分でこの姿になったって訳じゃないの?」
「オレも詳しくは知らねぇよ。だが、それだけは頑として拒んだらしい」
(どういう事……?)
何故メリッサは初めて命令に逆らったのか。
もちろん、そんな事私には分かるはずもない。
「幼生化、というのは便宜上の表現だ」
煙草を取り出そうとして手を止めたアンソニーは、見えるはずもない幌の向こうに目をやった。
「正確には、今この始まりの魔女は身体の中から何万回も殺され続けている」
「……!?」
意味が分からなかった。
しかし、同時に意味が分かった。
「魔女は切られても焼かれても死なない……それは『力』によって細胞が再生するからだ」
そうだ、そんなのは分かっている。
だが魔女によってその『力』の量には差があり、使い尽くした時点で灰となって命を終える。
「コイツの『力』はほぼ無尽蔵だ。だが、それでも弱点はある……再生した途端に殺す事を繰り返すうちに、再生の速度は少しずつだが落ちていく。そして、更に再生が終わる前に殺せば、不完全な再生体……つまり幼体のまま固定化される」
「で、でも、どうやってそれを……」
身体の中に留まり続け、何千回何万回と魔女を殺し続けるモノ。
そんなモノがあるとしたら、それこそ悪魔の作り出した呪いだ----。
「プルトニウムだよ」
情報将校は私を初めて真っ直ぐに見た。
「コイツは今この瞬間も、体内の濃縮プルトニウムによって死と再生を永遠に続けているんだ……ローレライを殺すためにな」




