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水底の歌

「音、というのはそもそも何だ?」

「え、それは……空気の振動、よね?」


 正確に言うと空気中で物体が動いたり擦れあったりぶつかったりした時に発生する空気の振動、いわゆる疎密波が耳に届いて聞こえるものの事である。


 だから宇宙では音は聞こえない----らしい。


「心理学的に言えば、それでほぼ正解だな。だが、物理学的には音波そのものを音と呼び、超音波や低周波音もこれに含める」

「ふぅん……案外漠然とした定義なのね」


 そうか、だから水の中でからでも人魚の歌が聞こえるというのは、一応科学的な根拠があるのか。


「じゃあ、イルカやクジラが歌う事ももちろん知っているよな?」

「ええ、種類にもよるけど、低周波や超音波を使い分けて獲物を探したり、求愛したりするというのは読んだ事があるわ……それを総称して『歌』って呼んでるんでしょ? 人間ってロマンチックよね」


 まぁそれは嫌味なんだけど。


 簡単に言ってしまえば、低周波とは低い周波数の音であり、超音波とは人の可聴域以上の音である。


「長い事人々は、クジラやイルカが水中で音を使ったコミュニケーションを行っている事を知らなかった……それが一般的に認知されるようになったのは、潜水艦を探知するために1950年代に開発された中周波ソナーの使用が始まってからだと言われている」

「どういう事?」


(……あ、1950年代と言うと北大西洋条約機構(NATO)が設立された頃か)


 NATOは第二次大戦後影響力を増すソビエトに対してアメリカやイギリスが中心となって設立した軍事同盟だ。


 彼らは陸海空の軍事力を増強し、ソビエトの脅威に備えた。

 一方のソビエトも、反共主義に対抗するため軍事大国化への道を着々と歩み始めた。


 動機は、『恐怖』だ。


 襲われるかもしれないから、それ以上の脅威を見せ付けなければならない。

 脅威を見せ付けられたなら、それ以上の脅威を見せ付けなければならない。


 かくして地球上には、余すとこなく見えない導火線が張り巡らされた訳である。


「……海の中もまた例外ではなかったって事ね」

「そうだ」


 軍艦や潜水艦が世界中の海域で活動し始めてから、地中海を中心にクジラの大量死が報告されるようになったのだ。


 クジラ達は艦隊が発する周波数約5キロヘルツのソナーによってストレスを受け、そこから逃れようと深く潜り過ぎたり、逆に浅瀬に入り込んで打ち上げられたりしたのだと考えられている。


「今はさらに事態は深刻だ。船舶の航行や軍事用アクティブソナーなどの水中音響が年々増加しているせいで、例えばザトウクジラの歌は、以前は3000キロ近く先まで届いていたとも言われるが、今ではその半分になったという報告もある」

「ふーん、じゃあ、頭のいいクジラがその事に気付いたら今度は人間が逆襲されるかもね」


 私はそう軽口を叩いてから気付く。


「もしかして、それって既にある……?」

「クジラの自発的な逆襲ではないが、クジラの性質からヒントを得た軍事兵器ならある……いや、あった、と言った方が正しいか」


 私の頭がまた痛む。

 この話は聞かない方がいい、とでも言うかのように。


「そしてそれを開発したのが、トゥーレ協会、またの名をSS先史遺産研究所アーネンエルベだ」


 覚えていないはずのチョコレートの味が舌先に甦る。

 

 埃くさい修道服。

 やけに揺れる車の荷台。


 ガソリンの匂い。


 人ごと焼けた街の瓦礫の匂い----。

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