表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
340/381

ハバナ症候群

「その答えはいずれ嫌でも出て来るさ」

「……何それ?」


 眉間に皺を寄せた私に構わず、法王は涼しい顔で猫をケープの下に戻した。


「ハバナに行ったのは、ある調査のためだ」

「調査? あぁ、ナチス逃亡の南米ルートの調査とか……?」


 私の脳裏に愚者火イグニス・ファトゥスの魔女達の顔が浮かぶ。


 ニクス。

 ルクス。


 『ジュゼッペおじさん』の手によって再生した双子の姉妹----。


 彼女達が何度も口にしていた総統フユーラーは、本当にベルリンから脱出したヒトラー本人なのだろうか?

 そして『ジュゼッペおじさん』とは、本当にヨーゼフ・メンゲレなのだろうか?


(もしそれが本当にヒトラーやメンゲレだとして……彼らは今どこにいるんだろう?)


「確か、メンゲレが1960年代に訪れていたあるブラジルの村では、ナチスの主張するアーリア人的特徴を備えた双子が次々に生まれる現象が起きていたのよね」

「その調査にも参加した」


 この村では1960年代にメンゲレによく似た風貌の医者が薬を提供したという証言が残っており、実際にこうした現象が起きている事実からメンゲレの実験が成功したとみる学者もいる。


『死の天使』と呼ばれたヨーゼフ・メンゲレがベルリンを脱出後、南米各地を転々としていた話は、今では広く知られている。


 ちなみにその呼び名の由来は、囚人の乗せられた貨車がアウシュヴィッツに到着した時、彼はプラットフォームで降りてくる囚人の誰をガス室に送るか選別した事から来ている----どちらかと言えば『死神』だ。


(というよりは、まるでアヌビスそのものじゃないの)


 偶然とはいえ、嫌な一致だ。


 アヌビスはオシリスが冥界アアルの王となる以前の冥界を支配しており、オシリスが冥界の王となった後も、彼を補佐してラーの天秤を用いて死者の罪を量る役目を担っていた。


「……逃亡中と言うと根無し草の生活を思い浮かべるが、実際には奴らは潤沢な資金をバックに拠点を移しながら南米中で研究を続けて来たんだ」

「裕福な支援者がかなりいたのね……法王庁からも資金が流れたというけれど」


 アンソニーは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「戦後80年経った今でもバチカンは二つの勢力に分かれている……一つは青い薔薇の流れをバチカンに囲い込もうという勢力、もう一つは……私の代で青い薔薇の流れを断絶させ、人間のみの世界にしようという勢力だ」


(司教達の中にも内通者がいるという事か……)


他にも幾つかナチスの実験の痕跡らしきものは南米に残されている。

 それらを追って多くの組織がナチスの残党を探し、そのうち数人は実際に捕まり法廷まで引き摺り出された。


 アンソニーはそういった仕事にも関わっていたようだ。


「貴方の経歴って、家柄の割には汚れ仕事の専門……って感じ」

「ま、法王程の汚れ仕事じゃないがな」


 本音なのか冗談なのか分からない返しをして、法王ピウス十三世は唇を歪めた。


「黒い貴族は法王のためになら手を汚すという責務も担っている……私はそれに従って来たまでだ」

「じゃあ、バチカンはまだナチスの痕跡を調査しているの?」


 法王は静かに首を振る。


「それもある……だが、2016年の時は少し違ったがな」


 2016年。

 法王フランシスコと、ロシア正教会総主教キリル1世が約1000年ぶりの歴史的会談を行った年----。


「この年の11月にハバナの複数の米大使館職員が眩暈や頭痛といった症状を訴え、我々も非公式に独自の調査団を派遣した。その時の責任者が私だったんだ」

「……それが、もしかして魔女の歌に関係しているの?」


 思い出せと、頭の奥でもう一人の私が囁いている。

 覚えているはずだ。


 ナチスが開発した最終兵器の事を----。


「それって、もしかして、音響……攻撃……?」

「そうだ」


 音響兵器とは指向性エネルギー兵器の一種で、標的を音波で攻撃し身体的被害を与えるものだ。


 人間の可聴域である周波数20〜2万ヘルツより下の超低周波を使った攻撃と、それより上の超高周波を使った攻撃があり、理論上は人を殺すことも可能と言われているがまだ実用化の発表はどの国からもない。


「人間の聴覚器官が耐えられる上限は120デシベルまでだ」


 その時点で既に頭痛や眩暈が発症する。


「更に240デシベルまでいくと、最終的には頭部が破壊される……」


 どこでどんな実験をしたのか、聞く勇気はなかったので、私はただ黙って頷いて見せた。


「これらの症状は指向性パルス高周波エネルギーが与える影響と一致するため、アメリカもハバナに調査団を投入してかなり精密な検査もやったが……結局は原因不明の結論だった」

「……というのは表向きで、実際はそれもトゥーレがらみの技術だったのね?」


 無言は最大の肯定だ。


 第二次大戦末期、ナチスは『音波砲』という新兵器を考案していたらしい。


 メタンと酸素の混合物を燃焼室で発火させて1秒間に1000回の連続爆発を起こし、生じた音波を共鳴で増幅し衝撃波を発射して敵の聴覚を奪い、内臓を押し潰し30秒で死に至らしめるという強力な効果があるとされたが、実戦では最後まで使われることはなかった。


「だが、この『音波砲』開発計画はブラフだ」

「ブラフ?」


 というと、その概要は嘘という事か。


「基本的な理論は同じだが、ヒトラーは戦場だけではなく市街地も、更には敵国の人間全てをほぼ同時に殲滅させるための計画を発動させていた」

「その計画名が、もしかして……」


 頭痛が一層ひどくなる。


 思い出すな。

 いや、思い出せ。


 私がベルリンに連れて行かれたのは、何のためだったのか。


「……ジレーネ計画」

「え?」


「ナチス・ドイツの最後の切り札だった……それを阻止するためにお前とモルガナはベルリンまで輸送されたんだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ