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収奪と生存

「しかしまぁ、アレだな。イワンの奴には少し多めに送金しておいたから、修復どころか上手くいけばトロイツェ・セルギー大修道院がもう一つ建つかもな」


 相変わらずしかめっ面のまま、アンソニーが嘘か本当か分からない口調でそんな事を言う。


「送金、って……例のカプセルの富豪達の口座から抜いたお金を送ったって事?」

「そうですね。勿論出所は全て偽装してありますが」


 カーラによれば、富豪達は会社の資産や公開している自身の財産とは別に、幾重にもロンダリングを重ねた財産を暗号資産などにして、トゥーレ協会(実質アーネンエルベである事はもうほぼ確定しているが)に委託という形で実質献金していたのだった。


「アイツらの口座は世界中にあるからな……名前も目的も資産形態も何もかも別物だ。あれじゃ税務役人ごときが帳簿をいくらひっくり返しても、綺麗な寄付金しか出て来ないだろうさ」

「でも、いくら悪党のろくでもないお金とはいえ、死にゆく人間から全財産を奪い取ってバチカンのモノにするなんてね……ロシア正教への礼金を増やしたのはせめて良心の呵責を感じたくなかったって訳なの?」


 私の嫌味に、法王はフンと嗤う。


「良心の呵責? それを感じないのは人間じゃないだろ……生きる事は奪う事だが、それに無感覚になった時、人間は人間の形をした獣になるだけだ」


 唇を歪めたままピウス十三世はそう呟いた。


「そんな生き物は嫌になるほど見て来たさ。法王庁バチカンの中でもな」


 最後の方は、まるで自分に言い聞かせるかのように。


「自分はそんな事はしていないと思っていても、生きているという事だけで、もう既に他の誰かや何かから我々は収奪している」

「……収奪ねぇ」


 言われてみればそうなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。


「だけど、そんな事言われたってどうしようもないじゃない……?」

 

 だって好きで生まれた訳じゃないのに。

 好きで生きている訳じゃないのに。

 好きで誰かを蹴落とした訳じゃないのに。


 メリッサは相好を崩したままずっとカーラβの背を撫でている。


 ----本当に?


「……だからだよ」


 法王は囁くように言う。


「人間には信仰が必要なのさ、分かるか? 腐れ魔女よ」

「その感覚は、私にも今回少し理解できました」


 カーラβが、眉間に皺を寄せたままの私の代わりに口を開いた。


「カプセルの中の富豪達の脳に潜った時、シヴァの(思考中枢)コアに侵入した時、私の中には圧倒的な量の『人間』の感情が流れ込んで来ました……一時的にフリーズしかけたくらいそれは、カラスである私には理解できない複雑で繊細で、強烈なエネルギーでした」

「人間の、感情?」


 そういえばシヴァは人間の脳を使ったAIで、カーラはカラスの脳を使ったAIだ。

 そのカラスの脳を使ったAIにカーラは人間の脳を使ったシヴァを自身に取り込み、一体化した。


「そう言った感情は一つ一つ分析、分類しましたが、必要な情報を抜き出した後は消去しました……私には不要な要素だからです」


 カーラの答えはシンプルだった。


「私達のような動物には、基本的に喜びや悲しみや恐怖という単純な感情しかありません。だからこそ動物なのです」

「ま、コイツは自分の子供を庇って撃たれたという母性愛と、高度な知性のおかげで人間とは別の思考方法で問題解決をさせたいとかなんとかいう理由でAIにされたから、ちょいと毛色は違うけどな」


 人間と、動物。


 カーラとシヴァ、二つ、いや二人のAIが対峙した時、彼女達は互いにどう見えたのだろうか?


 合わせ鏡?

 いや、正反対に伸びる部数の枝を伸ばした大樹の森?


 それとも互いに腕を伸ばし惹かれつつある二つの星雲?


(シヴァは……本当に無理矢理取り込まれたのか、それとも……)


 生存戦略。

 そんな言葉が頭をよぎる。


 カーラが嘘を言って居るとは思わない。


 だが、カーラが消去したという無数の感情は、本当にもう彼女のどこにも存在しないのだろうか?

 カーラはこのままカラスの脳を持ったAIとして私達ストライガを補佐してくれるのだろうか?


 芥子粒ほどの疑念が、どうか勘違いであるよう願いながら私はカーラβをもう一度胸にそっと抱き締める。


「ありがとう。ゆっくり休んでね」


 ああそういえば、と不意にカーラが口を開く。


「まだ一つだけ、どうしても消去できない極めて小さな領域が残っているのです」

「大丈夫なの?」


 トロイの木馬のようなものだとすれば、危険だがラボがこうしてカーラ私達の元に戻して来たという事は危険な物ではないのだろう----多分。


「何故だか分かりませんが、それはアイリス、貴女に残された最後のメッセージではないかという気がするのです。ただのカラスの勘ですが」

「勘? そうね、貴女の勘なら信じるわ……私は神なんかよりも余計な感情を持たない動物の方を信じるようにしているから」


 法王はニヤリとした。


「良い心がけだ、腐れ魔女。お前には未来永劫信仰など必要なさそうだ」

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