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ロマノフ王朝の魔女

 凄まじい豪雨の中、私達は連れて来られた時と同じ細長いカプセルに詰め込まれ、輸送機で真っ先にツングースカから離脱した。


 だからその後第四層で実際に自爆が起こったのかどうかは、分からない。


 ただ、その日大規模なオーロラが北半球全域で観測され、ちょっとした騒ぎになったそうだ。


「一応確認だけど、あのカプセルの中にいたお金持ち達はどうなったの?」

「今頃はコンクリの下で安らかに眠っているだろうよ……ちなみに上から土を被せて植樹してあるから、一種の樹木葬になるんだろうな……素晴らしいエコだと思わないか?」


 つまりスースロフの漏斗は、バチカンの手で何事も無かったかのように元の姿に戻されたという事か。


「得体の知れないエコ団体とやらに、はした金を寄付するよりもずっと尊い行いだ……公表すれば悪評高いアイツらの株も上がるだろうに」

「いやいや公表は無理でしょ」


 ラボでまたうんざりするほど身体中を検査されて、数日ぶりに私達はやっと自由の身になれた。

 とはいえ、温室の地下に戻れるというだけの話なのだが。


「まぁな、そもそもアイツらはツングースカの施設にいる事自体極秘にしていたからな……」

「で、影武者でも戻してやったの?」


 この生垣の中にはバチカンの夜風もほとんど通らない。

 法王しか抜け道を知らない緑の迷路には、鬼火のようなランタンの灯りが二つ。


「そんな事は必要ない。経営者ってヤツは偉くなる程会社には顔を出さなくなるし、年寄りは別宅か病院にいるのが普通だ。だからしばらく世間から消えていても気付かれるまでは時間がある」


 深夜の中庭に立つ法王ピウス十三世からは、硝煙の匂いなど一切しない。

 だが、いつもの小さな聖母像の前に佇む姿は仮初めのものだと私は知っている。


「……マスコミが騒ぎ出すのは、まだしばらく先だ」


 いつか誰かが言ってはいなかっただろうか。


 香油の香りは死の気配を覆い隠すための天使のベールなのだと----。


「来週に入ったら、病死や事故死、あと趣味のトレッキング中の行方不明なんかのニュースが流れるはずだ」

「へぇ……いつも通りに手際がいいのね」


 白く輝く大聖堂と、都会の中に切り取られたかのように広がる闇夜----どちらも(法王庁)バチカンなのだ。


「どんな時でも真実を知らせればいいってもんじゃないからな……時には我々が真実を用意しなければならない時もある」


 バチカンは、アナスタシアの件は単なる噂に過ぎなかったとロシア正教側に伝えたそうだ。

 曰く、バーバヤーガの伝説は、只の伝説に過ぎなかった、と。


 だから、第四皇女アナスタシアはこれから先も未来永劫ロシアの聖人だ。


 バチカンによる仕分けはこうして終了した。


「そういえばあの後爆発とかあったんでしょ? さすがに映像は流れてるんじゃないの?」

「いや、カルキノスのお陰で上空を通過した低軌道と中軌道の衛星の観測機器がダウンしてくれたから画像は記録されていない……地上からもノイズが酷くて何も映っていなかったそうだ」


 そりゃ、天まで届くような大蟹があれだけの規模の仕事(?)をしたなら、周辺の電磁波も何もかもが異常な数値になっただろう。

 しかし衛星まで狂わせるとは、さすがは大魔女の使い魔である。


「で、フォーブス400とそのお仲間達の資金は、埋める前に全て回収済みって訳ね」


 法王は悪びれもせずに「うむ」と頷く。


「ま、カーラの復旧に思ったより金がかかったからな、思ったよりは残らん」

「……まだ治ってないの?」


 トゥーレ協会のAIシヴァと死闘を繰り広げたカーラは、まだ再稼働できていないのだ。

 

「人格はほぼ回復したが、演算機能が完全に戻るまではラボで凍結中だ」

「……シヴァは?」


 これであっさり復旧していたとかいうのは勘弁して欲しい。

 もうあんな恐ろしいAIと仮想空間で戦うとかは二度と御免だ。


「シヴァはカーラが人格侵食してからロジックボムで全データを破壊した。今は電卓以下の仕事しかできない……万が一起動できたらの話だがな」

「じゃあ、ヘクセン級はもうカーラしかいないのね」


 ついホッとした声になってしまった。


「そうだな……Tも組織の立て直しや信奉者達の再洗脳に忙殺されるだろうから、しばらくは大人しくなるだろう」


 アンソニーの声に珍しく皮肉の響きがない。

 これでしばらくは『表の顔』だけで過ごせるという安堵が、彼にもあるのだろうか。


 私達はしばらく沈黙する。


「一つ聞きたいんだけど」

「何だ?」


 今回の任務で疑問に思ったことは二つある。

 だが、今は一つだけ聞いておきたかった。


「ラスプーチンも、青い薔薇を探す者だったんでしょ……? ペテロみたいに」


 法王は答えなかった。

 つまりそれは、肯定だ。


「彼もまた生まれながらにして三叉路を往く者だった……ラスプーチンという苗字を彼の父が名乗ったのも単なる偶然なんかじゃない」

「そうだ……偶然などこの世界にはない」


 己に言い聞かせるようにして、アンソニーは言う。


「お前の言う通り、ラスプーチンは青い薔薇の探索者だった……アプローチの方法は違えど、『魔女』を、いや、『青い薔薇』を見付け出し、世界を変えようとした」

「じゃあ、どうしてできなかったの……? ロマノフ家が滅びるに任せてしまったの?」


 ずっと抱いていた疑問と違和感。


 魔女となったはずの第四皇女アナスタシアは、何故むざむざと殺されたのか?


「ラスプーチンの施した手術自体は成功だった。だが本当は他の適合者がいたんだ……アナスタシアよりも濃い『青い薔薇』の血を持つ『魔女』になるべき者が、な」 


 そうか!

 大事な事を私は忘れていた。


「……もしかして、それって……アレクサンドラの事!?」 

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