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そして扉は開かれる

「おい! ぼんやりするな! お前の仕事はこれからだろうが!」


 アンソニーの声に、私は自分が扉の前に立っていた事に気付く。


 白い扉。

 何もない扉。

 たった一人にしか開けられない扉。


 第四層の中枢。


 そして----アネモネがいるはずの部屋の、扉。


「……さっさと開けろ、時間がない」


 そうだ。

 アネモネの意識がまだあるうちにこの扉を開かなければ、私達はこの深い穴から出られない。


 開け方なんか私だって知らない。

 できるのは、祈るような気持ちで呼び掛ける事だけ。


『アネモネ……私よ、アイリスよ』


 私は扉に右掌をそっと近付ける。

 象牙のような滑らかな質感が私の体温を認識したのを感じ取り、首筋がゾクリとなった。


(この部屋自体が……生きてる……!?)


 セキュリティがアネモネの意識と連動しているのは分かっていたが、今触れている扉は、生体と同じ組織で構成されているのだ。


 直感的な理解と同時に、恐ろしさが込み上げて来る。


 アネモネは、この部屋と----いや、第四層そのものと同化させられているのだ。

 その負荷は、人間なら数千人、あるいは数万人分の脳と神経を連結させたとしても耐えられないだろう。


 アネモネがいつからこの施設と同化させられたのかはわからない。

 だが、もう限界は近いはずだ。


『アネモネ! お願い! ここを開けて!』

『……アイリス……なの……?』


 眠りから覚めきらないような、独り言のような声が、微かに返って来る。


 間違いない、アネモネの声だ。


 消え入りそうな、まるで夢の中に揺蕩うような、透明な少女の声に胸が震える。


『そうよ、私よ! アイリスよ!』


 掌を扉に力いっぱい押し付けながら、私は声を張り上げる。


「約束通り来たわよ……貴女を、殺すために……ッ!」


 そうだ。

 ついにこの時が来たのだ。


 遠い昔に約束された、この瞬間が。


 アイリスが地下室から消える前夜、最後に彼女と会った時。

 彼女は私に言った。


 『アイリス、貴女は裏切者ユダになるわ』


 そして微笑んで囁いた。


 私がどんな遠くに行っても、探し出して。

 誰も辿り付けなくても、迎えに来て。


 立ち竦む私に盲目の魔女は歌うように告げた。


 そして、私をその手で必ず殺して----と。


『……待ってたわ』


 扉が大きく脈動した。

 それは、深い眠りから覚めた童話の城を私に想起させた。


『やっと来てくれたのね、私の……』


 アネモネの声と共に、掌の先にあった感触が瞬時に消え去る。


 扉は消滅していた。


 そして、私の目の前には、円形に並べられた数十個の棺のような透明のカプセルと、その中心でひときわ青く輝く円筒形の水槽があった。


「……ここが、本当の神殿だったって訳ね」


 それは、異様な光景だった。


 カプセルの中には、全て人が入っていた。

 ほとんどが中年か、もしくは老人の白人だ。


 人工冬眠でも施されているのか、彼ら(女性も数名はいるようだが)は全員眠っているようだった。


 そしてその頭にはヘッドセットが装着され、そこから伸びた数本のコードはカプセルの外にうねうねと出て、全て円筒形の水槽の下部に繋がれている。


 私は、自分があの仮想現実の神殿のリアル版の中に立っているのだと直感した。


「……おいおい、コイツもアイツもフォーブス400の常連じゃないか……そりゃアメリカの富豪サマの脳に口座を直結させときゃ、幾らでも金は使い放題だってこった」


 アンソニーの声は呆れを通り越して怒りが籠っている。

 この場所こそがトゥーレ協会の巨大な資金源であり、信奉者集めの中枢でもあるのだろう。


「Tのクソ共、法王庁こっちがどれだけ苦労してロンダリングやってんのか分かってんのかよ!」


 どっちの金も黒いと公言して憚らない法王は、部下達にカプセルを調べさせている。

 だが、中身が富豪だろうが鼠のミイラだろうが、そんな事は私にとってはどうでもいい事だった。


(アネモネが、呼んでいる……)


 まだ中央の水槽にだけは誰も近付けないでいる。

 アネモネが、私以外を寄せ付けないようにしているからだ。


『アイリス……来て、そして……早くこの悪夢から私を目覚めさせて』


 アネモネの悪夢。

 私の焦げた舌の苦み。


 私は私を救えない。

 それでも、アネモネを救う事なら、こんな私にもできる。


 できる。

 できる。


 できなきゃいけない。


 何故ならば、それが私とアネモネの約束だから。


 だから、私はこれからアネモネを殺す。


『……ほら、私はここにいるわ』


 水槽の輝きが、スウッと弱くなる。

 今まで不鮮明だったその中身が、はっきりと目に飛び込んで来て----私は膝から崩れ落ちた。

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