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或る眠り姫のおはなし

 そのお姫様は、どのくらい昔からか分からないほど長い間、茨に覆われたお城の寝床にいました。


 茨は人の目には見えません。

 だけどその棘は鋭く尖り、触れた者は皆茨の毒で眠ってしまうのです。


 そんな茨の中心にお姫様はいました。


 白く長い艶やかな髪に、透き通るような薄い肌。

 血の気の失せた唇は、それでも散り落ちる寸前の薔薇の花びらのように瑞々しくて----そう、まるで今すぐにでも目覚めそうな姿をしていました。


 でも、お姫様は決して目を覚ます事はありませんでした。


 その眠りは呪われたものだったからです。


 数千の昼が過ぎ。

 数千の夜が過ぎ。


 この世のあちこちで幾つもの戦いが始まり、終わり、産まれたばかりだった赤ん坊が小さな箱になって母親の元に帰って来ても、街が焼かれ、数え切れない人間達が炎の中で息絶えても、それでも茨の中だけは静謐な世界でした。


 残酷なくらいに静かで、何もない世界でした。

 そこは、お姫様しかいない世界でした。


 その世界の中で、閉じられたままの紅い瞳は、茨の向こうの、遥か遠くを見詰めていました。

 

 数千キロの距離の向こう。

 数百年の時の向こう。


 夢か現か定かでない意識の中で、それでもお姫様はただ一つの希望を胸に生き続けて来ました。


 ただ一人、自分をこの世にいてもいいのだと言ってくれた少女を、その紅い瞳のお姫様は遥か遠くから見詰め続けていました。


 再び始まるであろう次の大きな戦いを止められるのは、唯一その少女しかいなかったから----?


 いや----そんな事はもはや些細な理由に過ぎなかったのかもしれません。


 お姫様はただ、もう一度だけその少女に会いたかったのです。

 会って再び名前を呼んで欲しかっただけなのです。


 だけど、そのためには少女は茨に覆われたお城に入らなければなりません。

 既に茨は、長い年月を経てお姫様と一つになっていました。


 茨はお姫様に。

 お姫様は茨に。


 お姫様と茨は表裏一体でした。

 何故ならその種子は、お姫様の心臓そのものだったのですから。


 だからお姫様は知っていました。


 この茨の城が開放される時、自分もまた茨とともに消えてしまうのだと。


 それでも。

 お姫様は少女を待っていました。


 もはや誰一人として開けられなくなってしまった茨の城の鍵を、その少女だけは開けられるように、お姫様は持っている力の全てを使って最期の魔法をかけたのです。


 あの少女なら必ず私の元に辿り着いてくれる----。


 そう信じて。


(だからお願い、早く助けに来て……)


 物音ひとつしない白い世界で、お姫様の閉じた瞼の間から流れ落ちた涙を見た者は、誰一人としていませんでした。

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