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この世で一番美しく恐ろしい炎

 私の咆哮とメリッサの透き通った叫びが、緑の粒子となって混じり合う。

 そして、腕の中の少女から力がふっと抜ける。


 直径5メートルほどの光り輝く円蓋の中で、私はこれから消えてしまう事が分かっている少女の身体を抱き締め続ける。


 今からもう、隔絶されたこの世界には、私とメリッサしかいない。

 これから始まりの魔女に戻る幼い少女と、それを見守るしかない、血まみれの獣の姿をしたなりそこないの魔女しか----。


 ここまで狭い場所でモルガナの召喚なんかした事はない。

 いや、そんな事言ってたら、だいたいが初めての連続なんだけども。


(これが今回の魔法陣か……!)


 私達を包む緑の粒子達が、まるで意思を持っているかのように動き、集まり、増大していく。

 目も眩むような円の集まりは秒速で形を変え、見えないペンで書き込みを施され複雑極まる魔術式として生成されていく。


 メリッサの選ぶディスクごとにその内容は違う。

 モルガナとして人格変容を起こすその前から、メリッサにはその魔女に最も効果的な魔術式を選択する『力』が解放される。


 今回メリッサが選択したディスクはShinシン

 ヘブライ語では300を表す数字だ。


 初めてこのディスクを使った時より、少しずつ数字が大きくなっている。

 それは、メリッサの能力が強くなってきているという事なのだろうか?


 任務が終わるたびに連れて行かれるラボで彼女が何をされているのか、私は知らない。


 私も、メリッサも、備品として改良され続けているのだろうか?

 私達は、どこまで『自分』でいられるのだろうか?


 だが、今のこの場では、そんなセンチメンタルな感情などガチョウの羽根よりも軽い。


 これから始まるのは、殺し合いなのだ。

 純粋な。

 必要な。


 運命に導かれた者同士の----。


 はじまりの魔女モルガナにしか生成できない魔術式が、この陸の孤島と化したスースロフの漏斗を魔女アナスタシアの処刑場に変える。


『衛星より解放承認コードのダウンロードを開始します』


 カーラの澱みない声が聞こえる。

 そうだ、彼女もまた満身創痍で、それでも作戦遂行に向けて智天使ケルビム達の命を削りながらも任務を遂行している。


 全ては魔女アナスタシアを葬り去るために----。


『全隊員は防護モードを最高レベルにしてゴンドラまで速やかに退避!』

「私も一旦退避する! 終わったらすぐに知らせろ!」


 アンソニーがゴンドラ乗り場の入口でこちらに向かって叫んでいるが、とりあえずコクコクと頷いて見せるしかなかった。


 これでもう、このフロアには私とメリッサと、アナスタシアしかいない。

 

 そういえば、こんなに血で汚れてしまったメリッサは、ちゃんとモルガナになれるんだろうか?

 そもそも私、こんな格好で魔法陣の中に一緒にいて大丈夫なんだろうか?


 それでも、少女は私の名を呼ぶ。


「アイリス……ここにいて」

「うん、いるよ」


『元素拘束、解放開始……!』


 目が痛くなるような緑光の魔法陣の上で、メリッサは爪先を支点にするかのようにしてゆっくりと浮上する。


 彼女を拘束する全ての元素が、分解を始める。


 その華奢な身体を包むコートが、スカートが、ブラウスが、そして革靴が、全てがその輪郭を急速に淡くして、砂粒よりも小さな光の粒へと変わっていく。


 ディスクを挿入した黒々とした端末だけが、所在なさげに床の上に転がっている。


 元素に還りゆくメリッサは、妖精か、天使のように透けて輝いてる。


 さらさら。

 さらさらさら。


 砂が零れ落ちていくような音が、微かに聞こえる。


 一粒一粒がメリッサで、そして星の欠片で、そしてこの世界を構成する何かなのだ。


『元素拘束、解放完了!』


 もうすっかり覚えてしまった手順。

 何度見ても悲鳴が出そうなくらいに美しい、崩壊。


 少女はヒトの形をなくしていく。

 ヒトの手では制御できない『何か』になっていく。

 

『魔女への鉄槌マレウス・マレフィカルム効力中和作業完了……引き続き霊素拘束の解放を行います……!』


 既に形を留めていない少女の金色の輪郭の中心で、緑色の淡い光が瞬き出した。

 魔女モルガナの魂だ。


「な、なによ……これ……?」


 声も出せずにいたアナスタシアが、やっと掠れた声を出す。


「こ、こんなの、聞いてない……」


 そうだ。

 メリッサがモルガナになる瞬間など誰も知らない。


 見た者は、全てその命を奪われるからだ。


『貴女方に主の御加護がありますように……』


 カーラの言葉を最後に、全ての通信は途絶えた。


 私の目の前に緑色の人間大の炎が揺らめいている。

 メリッサの生命の火が、モルガナの魂の火が、血で濡れた私の顔を照らす。


 この世で一番美しく恐ろしい炎が、ふわりと燃え上がった。

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