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亡き王女のためのパヴァーヌ

 パチパチパチ、と手を叩く音がする。

 まるで桟敷席でオペラでも見終えた貴婦人のような、優雅で退屈そうな拍手----。


「思ってたよりもやるじゃないの、なりそこないの猟犬にしては」


 山となった獣達の毛は全て血に濡れ、べったりと寝て、命の火が消えていることを示している

 誰の物かも分からぬ臓物が、息の詰まるような臭気を放っている。


 私はまだハァハァと息を弾ませたままだ。


 壁の鮮血に、床の血の海。

 それから、まだ消えない硝酸の匂い----。


 地獄の、硫黄の匂い----。


 死の熱気が、私とアナスタシアの間に合った。

 それ以外は----何一つ私達を遮る物は存在しない。


「それにしても、貴女こそ私の猟犬に相応しいわ」

「ガルルルル……ッ!」


 この女、負けたというのに何を考えているのか。


(ついてけないな……王族の考えってこういうものなの?)


「ドーピングなしでその動きだとしたら、ドクターに視てもらったらどんな素晴らしい犬になれるかしらね」


 ドクター?


 この女、誰の事を言っているんだろうか?


「私はね、ドーピング? って言ってたかしら……ドクターにアネモネの脊髄液を注入してもらったのよ」


(せ、脊髄液……ですって!?)


 基本的に魔女には一人に付き一つの『力』しかない。

 だかもしそれを、人工的に強化したり増やしたりする事ができるのだとしたら----。


 トゥーレ協会はやはり魔女を改造し、兵器化しているという事になる。


「アネモネは五大元素のうち私と同じ『風』の魔女だったんだけど、残念ながら『夢見』の『力』は得られなかったわ……その代わり、『使役』の能力は上がったんだけどね」


 五大元素。


 それは、この世界の物質は、火・風・水・土の4つの元素から構成され、その上位に天体を構成する第五元素であるエーテルが存在するとする概念である。


 それぞれの魔女はそれぞれの元素に由来する『力』を持つというのが法王庁の見解らしい。


 「……でも、素材さえ良ければ、もっと上手くやれたはずよ」


(ふざけるなッ!)


 声にならないと分かっていても私は叫ばずにはいられなかった。


(アネモネは、お前なんかよりもずっと……『力』のある魔女だ!)


『全頭始末が完了したようだな』


 アンソニーの声が聞こえ、私は後ろを振り返る。

 いつもと変わらないアンソニーがそこには立っていた。


『これでもうソイツは一人になった』

『増援は来ません。一応陽動の意味も込めて全てのトゥーレの通信網は破壊しておきましたから』


 つまりここは、スタンドアロンな状況になっているという事だ。


 いるのは家来の死骸に囲まれたお姫様が一人。

 そして私達は、その憐れなお姫様にこれからパヴァーヌを捧げるのだ----。


『よし、始めるぞ!』

『星辰の位置を再演算! グラマー域が閉じるまではあと58秒あります!』


 メリッサの目隠しが、はらりと落ちた。


「アイリス、ごくろうさま」


 少女は着込んでいたコートの前を開け、その中から迷いもせずに一枚のディスクを抜き取る。

 

「アイリス、おいで!」


 獣と化した私を見るその瞳には、恐れも迷いもなかった。


「あとは私が貴女の仇を討ってあげるわね」


 そういって両手を広げ、私を待つ。

 私は血で濡れるのも構わずメリッサを強く抱き締める。


「大丈夫? 怖くないの?」


 そう聞きたいのに、唸り声と涎しか出て来ない。

 だというのに、少女はニッコリと微笑む。


「……怖くないよ、アイリスの匂いがするから」


 それはいつものメリッサだった。

 ランドセルを開いて引っ張り出した端末にディスクを押し込み、高らかに叫ぶ。


「父と子と精霊の御名において、我、ファイルShinシンより古の力をここに解放せり!」

「ウゥ、ウオォォ……ン……ッ!」


「……貴女達にできるかしらね? 私はこれまでの雑魚とは違うのよ?」


 キィ……と車椅子が微かに後退する気配がした。

 明らかな焦りの匂いを私は嗅ぎ取る。


「ねぇ、まだ間に合うわよ? 私に付かない? 私はロシア帝国最後の第四皇女よ? 聖人よ? そんなバチカンの道具のままこれからも生きるつもりなの?」


 私は笑い飛ばす代わりに、唇の端から牙を見せた。


 それが答えだ。


 アナスタシアは一体どんな因果を含められてここに連れて来られたのか。

 でも、そんな事は私の知ったこっちゃない。


「拘束解放! 星よ歌え……我らと共に!!」 

「アオーン……ッ!!」


 私とメリッサの声が赤と白の斑に染まった空間に響く。

 数千メートル上の地上に、そのさらに上に輝く星々に向かって私達は声を合わせた。


 少女の声と。

 獣の声。


 そこに聖性はあるのだろうか。


(アンソニー? 聞こえる? 私達はやるわよ!)


 その瞬間、私と少女の足元を中心にして、床の上に緑色に輝く円が現れた----。


 さぁ、これからが皇女アナスタシアのための、本番の開演だ。

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