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共闘

 それは、思わず仰け反るほどの衝撃だった。


 頭蓋が無事だったのが信じられないほどの凄まじいエネルギーが、私の意識を揺らし、閃光で包む。


『アンソニー! 今のは何ッ!?』

『悪いがカーラの念話回路を強制切断させた! すぐにアナスタシアからの攻撃が来る! 備えろ!』

 

そうか、今のは、カーラとの回路が突然絶たれた事による衝撃だったのか。

そして、それは同時に恐れていた事態の始まりでもあった。


『備えろって!? あと五匹いるのよ!? ここで私に入られたら……!』

『カーラの分は何とか維持してみる……どれだけできるか分からんが』


(いずれにせよ死んだ五匹分に振り分けられていた使役の『力』が私一人に向けられる……! 耐えられるんだろうか!?)


 しかし、他ならぬアンソニーの判断だ。

 これでもギリギリまで粘ったのだろう。


『でもカーラのアプリケーションに異常は感じなかったわよ!?』

『バカか!異常を感じたらもうその時点で回復不能なんだよ!』


 私の疑問にアンソニーは非情な答えを突き付ける。


『確かに見掛け上のプログラムは正常に走っていたがな! 彼女はもう限界だ! すぐにでも液浸冷却を開始させないとダメになる!』

 

(そんな……カーラ……そんな限界まで私を……)


「グゥ……ッ、ウゥゥ……ッ!?」


 感傷に浸ってる時間はなかった。

 すぐさま侵攻は始まる。


(頭が……ッ、痺れる……!)


 カーラとの回線が切断された事で、待ち構えていたアナスタシアがここぞとばかりその開いた領域に滑り込んで来たのだ。


「ウグッ!? クッ……ハァッ……ハァ……ッ!」


(来てる……! 私の中に、アナスタシアの意識が……入って来てる……!)


 そしてそれは止まる事なく私の意識の中を黒い蛇のように動き回る。

 私の脳内の隙間を探し、己の自我で埋めようと蠢く。


 それはまさに、蹂躙という言葉が相応しかった。


(うッ、気持ち悪い……! 吐きそう……!)


 念話回路では感じた事のなかった、脳を直接指先で探られているような不快感が私の意識を乱す。


《ここね……ここが、貴女の領域なのね……》


 アナスタシアの声だけは、やけにはっきりと聞こえる。


(身体が、動かせない……私の身体なのに、私の意思が効かない!)


 金縛りにあったような感覚のまま立ち尽くす私を獣達は見逃さない。

 すかさず私の身体に爪を立て、肉を引き裂く。


 統一された動きに、皇女の強烈な意思を感じる。


(あの時とは全然違うわね……)


 使役の『力』は確実に強化されているようだ。

 そしてその『力』を通じてアナスタシアは獣達を操り、この場所を死守しようとしている。


 彼女に残された最後の場所。

 彼女が存在を許される唯一の世界。


《ここも、今から私の領域にしてあげる……》


 アナスタシアの意思は、冷たく、そして湿った実体を持って私の脳内を探っている。

 彼女の世界を侵す者は、決して許さないという、狂信にも似た意思で----。


《……ハァッ、このお姫様は、他人の大事な物に手を出しちゃいけないって教わらなかったみたいね》

《私の前にある物は全部私の物よ? だって私は皇女ですもの》 


 幸い、アンソニー達との念話回路には気付いていないようだ。


《残念ながら今はもうそういう時代じゃないらしいわよ、お姫様》

《随分と冷たいわね……もう少し歓迎して欲しいのだけれど》


 歓迎などする訳がない。


 それでも、電球がチカチカと点滅するかのように、自分の意思とは関係なく暴力的な衝動と、よく分からない強烈な怒りが意識を凌駕し始めている事に気付き、愕然とする。


(……ダメだ、相手アナスタシアのペースに完全に呑まれてる!)


 気が付いた時は、既にアナスタシア以外の声がしか分からなくなっていた。


(そんな!? アンソニーの声もメリッサの声も聞こえなくなってる!)


「ウァァァッ!!」


 私は絶叫する。

 もう、私は赤い獣と化していた。


 爪と言う爪から血の糸を滴らせ、口吻から覗かせた牙は赤黒く染まり、毛は血染めの衣のように肌に纏わり付いて、その重みで私の動きをワンテンポ遅らせる。


 白い床に広がる血の海で、私は文字通り肉塊にされつつあった。


《ふふふ、やっと入れたわ……随分と手こずらせてくれたけど、これでもう……法王の剣としての貴女を消滅させてあげられるわよ》


 勝ち誇ったアナスタシアの声が頭の中で響いたその時、


『お前にはできないよ』


 突如少年の声が高らかに響いた。


《お前如きなんかに、僕の姉上を好きにはさせない》

『……マヌエル!?』


 アナスタシアの驚愕が私にも伝わる。


 私もまた、事態が飲み込めないでいた。


(何これ? 混線? いや、幻聴? いよいよ私の神経がやられ始めたの……? だってこんな時にあのマヌエルが出てくる訳が……)


 獣達に身体を八つ裂きにされながら、私は何が起こっているのか必死で考える。

 もう痛いとか苦しいとかいうレベルではなく、頭の熱さに比例するかのように、身体が氷のように冷たい。


『マヌエル! どうしてこんな時に出て来るのよ!? 次に会う時は斬るって、私、言ったわよね!?』

『相変わらずだなぁ、姉上は』


 出血が多すぎる。

 頭に血が回って来ない。


『何が目的か知らないけど、手出しは無用よ!』

『いや、今しかないんだ! 今コイツを仕留めないと……ッ!』


 本当はもう倒れそうだ。

 全然追い付いていないとはいえ、私自身と獣としての高い再生能力がなければ、もうそろそろ白骨になりかけていてもおかしくはない状況だ。


 悪魔の手でも借りれるものなら借りてしまいたいくらいに、私は追い詰められていた。


(だけど、アナスタシアを倒すまでは、まだ……止まる訳には……!)


 そこでようやく気付く。


(あれ? マヌエルは念話回路とは別のルートで私の中に侵入して来てる? じゃあ、アンソニーは!? メリッサは!?)


 私の動揺を察したのか、マヌエルは『大丈夫だよ姉上、今は一時的に彼の人格ペルソナを眠らせてその回路をそのまま使わせてもらっているから』と応える。


『メリッサは大丈夫。まだ大人しく詩編を唱えているよ』


 良かった。

 血とは違う熱い物が片目から流れた。


『本当はこのタイミングで出てくる予定ではなかったんだけど』


 悪戯っぽく言われて、改めて彼の立場について疑問が湧く。

 マヌエルは、一体誰の味方として現れたのか?


『でも、どうして……?』


 マヌエルはふっと笑ったようだった。


『フランチェスコ・パチェリ、いや今はアンソニーか……彼もまた活動限界を超えてる。いくら脳に強化手術を施してしているとはいえ、このままカーラの分まで回路を維持していたら脳神経が焼き切れるのは確実だったからね』

『そんな……カーラもアンソニーもそこまでして……』


 一体何故?


 ましてやAIであるカーラには、自己保護のためのリミッターが設定されているはずだ。

 それは誤作動による設問への不適切な回答を防ぎ、人間をAIの暴走から守るためでもある。


 なのに、それを自ら解除してまで、私の脳を護ろうとした----?


『僕にはアンソニーがカーラをAIの素体に選んだ理由が分かった気がするよ。それと、己が窮地に立つ事になっても彼女カーラを液浸冷却で守ろうとした訳もね』


 理由?

 そんなの、道具として優秀だからという理由以外に何があるというのだろう?


《くッ、どうして……これ以上入れないのよ!? この私の術が効かないなんて、そのガキ、一体何者なのよッ!?》


 歯噛みするアナスタシアの意識が、私の脳から押し戻されていくのが分かる。

 それにつれて獣達の勢いが弱まって来た。


 アナスタシアの脳の限界もそろそろ近いのかもしれない。


『所詮は世間知らずのお姫様だった、って事だよ』


 マヌエルの声は何処か冷たかった。


『やっぱり、愛以上に尊いものはこの世に存在しないんだよ、姉上……そう、今の貴女はとても美しい』

『は?』


 獣達を跳ね飛ばしてフルンティングを構えた私に、マヌエルはどこかうっとりとした声で囁く。


『冗談はやめて。今の私はただの化け物よ……同じ化け物の血に塗れながら、辛うじて理性を保っているおぞましい獣でしかない』


 獣達の動きが目に見えて緩慢になって来ている。


 やはりアナスタシアの『力』は弱まりつつあるのだ。

 纏めて片付けるには、獣達の動きの統制が乱れて来た今しかない。


『姉上が化け物? そんな事はないよ……誰かを守るために自分の身を犠牲にしたその姿はとても美しいよ……』


 マヌエルが歌うように囁く。


『そう、あの時、黒い森で血友病の僕を庇って死んだ時のように』


 私から身体を離した一匹を、渾身の力で突き刺す。

 そのままの勢いでその隣の一匹を腰の辺りで二つに斬る。


(残り三匹!)


『マヌエル! 私に当たってもいい、此処で動きを完全に止めさせて!』

『分かった!』


「獣達の再生の勢いが落ちて来たぞ! 残りの弾を全部撃ち込め!!」


 アンソニー、いや、マヌエルの声が響く。

 応えるようにして銃声が一斉に白い空間を満たす。


 薬莢の落ちる音。

 硝煙の僅かに酸味のある匂い。


 血と咆哮。


 愛という言葉から最も遠いこの場所で、私とマヌエルは再び魔女の獣に立ち向かう。

 この戦いの後で再び敵味方に分かれたとしても----今だけは唯一無二の姉弟だ。


 一匹。

 二匹。


 重い腕を振り上げて、私は獣達を撫で斬りにする。


 銃の音が突然止んだ。


(弾切れか……でも、もうこれで最後だ……ッ!)


 最後に残った一匹を、私は正面から真っ二つにした。-----。

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