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獣化

『アンソニー、カーラ、メリッサ、今から……そうね、OKと言うまで私とこの念話の回路を切らないでいて欲しいの』


 念話の回路を三人と同時に繋ぐのは、人間に近い私の脳神経に少なからず負担になるのは経験済みだ。

 だが、その負担が、これからの私の作戦にはかえって利点となる----はずだ。


『アナスタシアの魅眼はかなり強力よ。人間を獣に変える『化身』の力も、魔女としてはほぼ完璧なレベルにある』

『ほう、何の『力』も持たない『なりそこない』のくせに相手のレベルが分かるのか?』


 さっそく飛んで来た揶揄は想定済みだ。


『逆よ……魔女としての力がないからこそ、感じる事ができるの。何だっけ……? そう、実験で使うリトマス紙みたいな感じかしらね?』

『確かに今のアイリスには、魔女が他の魔女に近付いた時に無意識に発動する防御領域の展開がまったく観測されません』


 カーラの言葉で、私は納得する。


 なるほど。

 そりゃ魅眼で頭も痛くなるわね。

 

『要するに、私は相手の魔女の『力』をフィルターを通さずに100%まともに浴びてるのよ。法王庁の犬として魔女狩りを始めてからこの500年くらい……って、何か自分で言っててゲンナリしてきたけど』

『すごい! 魔力のソムリエね』


 メリッサ、それは慰めてくれてるのかしら?

 あと、ソムリエじゃなくてソムリエールね。


『……で、私が見た感じだと、アナスタシアには『使役』の力が足りてない』


 私は本題に入る。


『前に廃教会で戦ったジェヴォーダンの獣も、時間が経つにつれて封印されていたはずの人間としての自我が戻って、明らかにアナスタシアの意図していない行動を取ろうとしていた』


 生き物を使役するという事は、意識の操作、もっと言えばこの念話回路のように自分と使役する相手の意識同士を繋ぐ事だ。


『人間を別の存在に変えるのは確かに瞬間的には凄まじい『力』を使うけど、それで終わりだから魔女側の負担は一時的なもので済むのよ』


 対して、使役の術は脳神経を継続して酷使する難しい術である。

 使役する数や時間が増加するにつれて魔女の消耗は激しくなる。


 だからこそ、そんな事ができるのは、よほどの『力』を持った魔女か、長い年月で脳神経を成長させる事ができた魔女しかいない。


 アナスタシアはといえば、たった一匹だったあの獣ですら思うようにコントロールできていなかった。


『ましてや今回は誘拐してきた一般人なんかじゃなくて、訓練を受けている兵士ばかりを一度に獣にして私達と戦わせようとしている……かなりキツいでしょうね』

『だがそれでも奴はお前を自分の手で使役したがるだろうな……その様子を見ながら悦に入る、アレはそういうタイプだぞ』


 庭師の棟梁としての見立ては、私とほぼ同じだ。


 そうだろう。

 皇女のプライドにかけて、彼女は獣にした私を使役しようと能力を限界まで開放するだろう。


『そう、だから先に念話回路をなるたけ繋いでおいて……何て言えばいいのかな? とにかく彼女からの意識干渉アクセスを邪魔して欲しいのよ』

『データ通信量の上限まで使い切りたい、という事ですね』


 カーラが私のもどかしい説明を上手く纏めてくれた。


『そう、そういう事よ!』


 アナスタシアが私の脳に使役のための回路を開こうとして来るのは想定済みだ。

 だから、その余地を先に埋める。


 もし、彼女の魔力がもっと強ければ、私の意識が多少壊れようと無理矢理脳波を弄りにくるだろうけど----そこまでの器じゃない。


 それをやれば、たぶん先にアナスタシアの方がおかしくなる。


 私だって、ダテに猟犬をやってきた訳じゃない。

 嫌でも鼻が利くようになるまで色んな魔女を相手にしてきたのだ。


 相手の来歴なんか知らなくても、こうやって前に立てば、力量が自然に伝わって来る。


『じゃあ、回路を繋いでおけばアイリスがあの狼みたくなっても、アイリスはアイリスのままって事?』

『そうよ、私は私のまま……貴女を守れる』


 メリッサを守れなければ、私の存在価値はない。

 今は心からそう思う。


『じゃあ私、ずっと詩編を唱えていてあげる……だから絶対に私の声を聞いていて』

『ありがとう』


 本当なら戻ってキスしたくてたまらないくらいに嬉しかったけど、そこは自重する。


『シヴァの方の片付けが終わっていませんが、それは智天使ケルビム達に任せましょう。回路は全開にしておきますから、何かあったらすぐにサポートできます』

『こっちは取りあえずラスプーチンの話でもしてやるから有り難く聞いてろ』


 三人の声が一度に流れ込んで来る。

 でも、今なら鬱陶しさは微塵もない。


 私の武器は、フルンティングだけではない。


「どうしたの? 怖くなっちゃったの? なりそこないさん?」


 アナスタシアからすれば私が急に黙りこくったように見えたのだろう。

 小馬鹿にした笑いで私を見上げる。


「……まさか、この私ができそこないの魔女を怖がる訳ないでしょ」

「で、できそこないですって!?」


 皇女がギリッと奥歯を噛んだのが分かった。


「弟の病気も治せなかったクセに、改造されたくらいでいっちょまえに魔女を名乗るなんて笑っちゃうわね」

「言うなッ!」


 私の言葉は思った以上にアナスタシアの心を抉ったようだった。


「言うな! それを言うな……言うな! 言うな! 言うな……ッ!!」


 顔を真っ赤にして、車椅子から魔女が立ち上がる。

 額の瞳が、真紅に変わる。


「私が、どれだけあの子を……アリョーシャを……ッ!!」

「……ッ、くはッ!?」


 それは身体の奥で小さな爆発が起きたかのような感覚だった。


 細胞が。

 血液が。

 神経が。


 煮え立ち、溶け合い、まるで蛹の中身のようにドロドロになっていく感覚が私を揺さぶる。

 

「さあバチカンのワンちゃん、生まれ変わりなさい……そして私の犬になるのよ」

「はぁ……ッ、それは……どうかしらね……場数を踏んでる私を言いなりにできるなんて甘っちょろさは、んッ、さすがはお姫様の浅はかさね……」


 挑発している間も、私の身体はどんどん変化していく。

 内側から、次は外側へと違和感が全身を侵していく。

 

 服が、ビリビリと音を立てて紙切れのように千切れていく。


「あはははッ、いいザマじゃないの! 魔女じゃなくてアンタは狼女の方がお似合いね!」


 声は笑っているのに、その表情は限りなく冷たい。

 その視線の先には大剣を持った獣が立っていた。


 私は----魔女アナスタシアによって獣化させられたのだ。

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