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第四皇女アナスタシア

『カーラ、忙しい所悪いけど、これってどういう事?』


 唐突に何か深い物思いに囚われてしまった法王は使い物にならないと判断して、私はAIに尋ねる。


『アレ、本当にアナスタシアなの? あのニコライ2世の娘の?』

『……公式にはあり得ませんが、現状の計算では89.06%の確率で本人、あるいは本人に酷似した脳波パターンとDNA構成を持つ存在です』


 別の場所でどんなに難しい処理をこなしていても、カーラはすぐに私に応えてくれる。

 まるで、エプロンの裾を引っ張る娘に振り向き、髪を撫でてくれる母親のように。


『つまり、アレは本物のアナスタシアって事なのね』


 車椅子はもう鳴らない。

 青い瞳の少女は背を伸ばしたまま、私の反応をじっと見ているのだ。


『でも、まさか王家の皇女が魔女だなんて……』


 帝国崩壊後、自分こそが生き残りのアナスタシアであると主張する者が各地に多く現れた。

 そのたびに世間は騒ぎ、ロマノフ家の再興運動も起きている。


 だが、ソビエト政府は処刑から遺体の処分までの詳細な経緯を発表し、生存者は従者も含めて一人もいないのだという主張を繰り返している。


『1991年にはエカテリンブルク近郊で両親と3人の大公女の遺骨が発掘され、さらには2007年に弟のアレクセイと歳の近い姉のマリアもしくはアナスタシア、どちらか1人の大公女の遺骨も発見された事になっています』

『つまり、皇帝一家が全員殺害されており、血縁者は誰一人生存していないという事が公式な事実とされたという事ね……でも、何だか国民の熱狂を恐れるというよりは、どうしても……いや、絶対にアナスタシアは生きていないという事を確定した事実にしたい、って感じの反応だわ』


 何故、そこまでしてソビエト政府はアナスタシアの生存を頑なに否定したのか?

 何故、よくある有名人の生存説として一笑に付さず、そのたびに出向いて詳細な調査を行ったのか?


『偽アナスタシアの中でも最も知られているアンナ・アンダーソンですら、死後のDNA鑑定でアナスタシアの母方の叔母の孫にあたるエディンバラ公フィリップ王配との遺伝的な繋がりが認められませんでした』


 1918年7月17日午前2時33分、元皇帝夫婦ニコライ2世とアレクサンドラの血筋はイパチェフ館の地下で完全に途絶えたのだと、そう結論付けられて、そしてそのまま世間は皇女アナスタシアの記憶を次第に薄れさせていった----。


 アナスタシアは三度殺されたのだ。


 一度目は、イパチェフ館の地下で。

 二度目は、切断されて、焼かれて。

 三度目は、人々の記憶の中から抹消されて----。


 そして、それでも今、百年前と同じ姿で私にその恐ろしいまでに輝く青い瞳を向けている----。


「……納得してくれたかしら、なりそこないの魔女さん?」

「お前のその姿は、半分は真実だが、半分は嘘だ」


 不意にアンソニーの声が聞こえた。


「まず、お前が第四皇女のアナスタシアだというのは、本当だ」

「まぁ、さすがは自らを聖なる父であり、神と人間の間の架け橋となる神官ポンティフェクス・マクシムスと称して地上における唯一のキリストの代理者を謳うだけはあるのね、理解が早くて助かるわ」


 現法王に笑みを浮かべたまま堂々と言い放つその様子は、まさに皇女そのものだ。


「貴方が法王ピウス十三世……いえ、フランチェスコ・パチェリなのね」


 少女の青い目は、ひたとアンソニーに向けられている。


「それでは、あと半分の嘘とは、何の事かしら?」

「お前のその目だ」


 アンソニーは、やにわにゴーグルを外した。


「ちょっと!? 魅眼持ち相手に何やってんのよ!?」


 私だけではない、隊員達も唖然とした。

 だが、法王は落ち着き払っている。


「お前のその青い瞳は魅眼ではない」

「何ですって?」


 皇女アナスタシアはここで初めて眉間に皺を寄せる。


「そして父親譲りの瞳と言われていたのも昔の話だ……何故なら……それはお前の父親であるニコライ二世の目そのものを移植したものだからだ」


 そして、ゆっくりとゴーグルを掛け直す。


「お前は本来ならば魔女の『力』になど目覚めぬまま単なる皇女として生涯を終えたはずだった……だが、一人の男がお前に流れる魔女の血を嗅ぎ付け、増幅させ、開花させた」


 アナスタシアは黙ったままだ。


「さっき、王家の娘が魔女だなんて、と言ったな?」

「言ったけど……」


 質問の意図が分からず、私の眉間にも皺が寄る。


「逆だ」

「え?」


 アンソニーが囁く。


「That's a Blue Rose」


 私はハッとする。

 アンソニーのノートに何度も繰り返し出て来る言葉だ。


 青い薔薇----。


 それは、ある特定の血筋の象徴だ。

 失われた大陸の失われた文明の記憶を引き継ぐ者達を表す、秘密の言葉だ。


 私と弟マヌエルの中に流れる失われた血筋の象徴----。


 そうか、ロマノフ家とは、むしろ近年まで現存していた由緒正しい魔女の家系なのだ。


『文明の崩壊によって世界各地に散ったアトランティスの一族はその富と知恵で各地を支配した。それが初期の王族達だ……だが、文明が下るにつれて王家によっては消滅や分裂を繰り返し、身分を失い、本来の知識は散逸した』

『その散逸した子孫や知恵を再び終結させようと各地を探し歩いたのが、後にフェニキアの紫を纏って埋葬された使徒ペトロを始めとする約束の地の民であり、そして『力』の継承者だった……だったわよね?』


 私とアンソニーの念話は高速で行われているため、実際にはほんの数秒だ。

 その間に私は理解する。


 この第四皇女アナスタシアを魔女として仕上げた人物がどこから来たのかを。

 何という人物なのかを。


「ラスプーチン……彼なのね? 貴女を魔女にしたのは?」

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