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アルゴリズムの徒花

「あ……アネモネ……私は、貴女を……」


そうだ。

私はコピーである「このアネモネ」を殺すために電脳世界に侵入してきたのだ。


だから、言われなくても、私は殺す。

それが法王の剣としての任務だから----。


でも、


私にもしその任務が課されていなかったとしても、私はこれ以上眼前の少女を見てはいられなかった。


「……貴女……どうして、こんな姿に……?」


殺して欲しいというアネモネの言葉の切実さは、その姿を見れば一目瞭然だった。


アネモネの両腕は単に拘束されているだけではなかった。


辛うじてドレスの長袖の下に隠されてはいるものの、薄い生地の上からよく見れば、二の腕から先は切断され、切断面からまるで神経のように伸ばされた数十本もの様々なケーブルが、袖を突き破り、彼女の背中にしっかりと密着された十字架と接合されているのだ。


そして、脚もまた、同じように両太腿で切断され、そこから伸びたケーブルの束が十字架の支柱と一体化されている。


 この悪趣味な十字架自体が、この電脳空間でのサーバーの役割を果たしているのだ。


 魔女アネモネは、既に生身の身体を保ってはいないまま、電脳世界で延々と生かされ続けていたという事なのだ。


 トゥーレ協会の技術力、いや、執念に、私は慄然とした。


「見てのとおり、これが今の私の姿よ……」

「あ……あぁ……そんな……」


 これはアネモネだ。

 でも、アネモネのコピーに過ぎない。


 彼女に終わらない祈りを捧げ続けている多くのNPCと同じように、人格も個性も理性も自律志向も持たない単なる電子の虚像だ。


 人間の造り出した幻だ。

 

 そうに決まっている。


 本当のアネモネは、これじゃない----。


(そう、このアネモネは……ただのコピーだ)


 だって、逃げ出して来た本物のアネモネなら、今頃はラボで手厚く保護されているはずだ。


 私の手の中に飛び込んで来た時の白いカラスの姿をしたアネモネは、小刻みに震えていた。

 この絶望的な状況から脱するために、自らのコピーを祭壇に身代わりとして置いて来たと、確かに言ったのだ。


 そこまで頭では分かっているはずなのに、身体が動かない。

 アネモネの目隠しされたその顔から、視線が逸らせない。


(違う……何かが、違う……!)


 右の掌が、じんわりと熱くなっていた。

 それは、私にとっては警告でもあった。


 このアネモネには、『力』がある。


 単なるコピーではなく----『もう一人のアネモネ』としての『力』を。

 魔女しか持ちえない『匂い』を、明らかに纏っている。


「アイリス……待ってたわ、アイリス……」


 白い聖母の唇が、妖しく蠢く。


「私を殺して……そして、貴女も一緒に、死んで……」


 操られるかのようにして、私は聖母の黒い目隠しを外していた。

 シュルッという衣擦れの音と共に、少女は目を開く。


「……ッ!?」


 その瞳は、昔のような真紅ではない。

 黒でもない。

 金でもない。

 緑でもない。


 私と同じ、深い紫色の瞳をしていた----。


「ど、どうして……!?」


 右掌の熱は、身体全体を侵していた。

 吐く息が、熱い。

 

 視界が、揺れている。


「ここで一緒に死ねば、私達は一つになる……完全体になれるのよ……」


 そんな囁きが、毒のように耳の奥に広がっていく。


「もう私はコピーなんかじゃない……オリジナルを遥かに超えた情報量を持つ生命体になれたの」


 いつしかすり替わっていた少女が私に微笑む。

 いや、初めから既にコピーなんかじゃなかった?

 

 じゃあ、この白い聖母は一体何者なのだ----?


(まずい! 当初の作戦じゃ対応できない!)


 この『コピー』は私を取り込むつもりなのだ。

 初めは只の確かにコピーだったのかもしれない。


 だが、なにかの要因でアネモネの思惑を外れて暴走を始めている。


「貴女が来る事は分かっていたわ、寝ているそこのチビは予定外だったけどね」

「予定外?」


 私が聞き返すと、白い聖母は邪悪な笑みを見せた。


「意識さえあれば取り込めたのに……そうすれば、私ははじまりの魔女なんかよりもずっと大きな『力』を得てこの世界の統治者になれたというのに」


 背筋に冷たいものが走った。

このアルゴリズムの徒花は、紛れもなく『魔女』だった。


(一旦ここを出ないと! メリッサが目を覚ましたら大変な事になる!)


 その時だった、


「アイリス……どうしたの?」


 メリッサの声が聞こえて、私は危うく飛び上がるところだった。

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