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地雷原

 思わず叫びたくなったのを辛うじて抑えた。


(あれが、アネモネ……なの……?)


 漆黒の目隠し。

 十字架の上のキリストと同じ、磔の姿----。


 まるでそれは何かに捧げられる生贄のようにしか私には見えなかった。


(どういう事? あれじゃ、まるで罪人じゃないの……)


 聖母という名に反したその無残な姿に、しかし人々は首を垂れているだけだ。

 ブツブツと何かを唱える声や、啜り泣きが大聖堂の至る場所から立ち上って来る。


 彼らは何の疑問も持たないのか。

 それとも、己の願いを叶えるためなら例え聖母であろうとも犠牲になるのを厭わないのか----?


 立ち止まってしまった私の足元が、ボゥッと青く光った。


『……これは?』

『聖母が貴女のIDを認識したようです』


 足元の青い光は、人々の間を通り、真っ直ぐに祭壇へと続いている。


『光っている部分から決して出ないように歩いて下さい』

『え、どうして?』


 私が聞くと、一瞬置いて視界が不意に切り替わった。


『これは……!?』

『わたしの視覚情報の一部を貴女とリンクさせました』


 今迄見えていた大聖堂内の様相が一変している。


 祭壇の聖母に向かって祈っていた人々の姿は視界から完全に消えていた。

 残された椅子も、ただの記号の羅列に変わっている。


(……うわ……これが、この聖杯神殿の本当の姿なのね……)


 そこにあるのは無数のバーコード化されたコマンドと、地雷のように配置された迎撃用トラップだった。

 そしてその間には格段にカーラよりも性能が劣るとはいえ、信徒に偽装されていたAIが配置され、緩慢な動きで同じ動作を繰り返している。


(何なのよこれ……私、こんな所に連れて来られてたの……?)


 目が、と言うよりも脳の奥がチカチカして吐き気が込み上げて来る。

 情報の洪水とか、視覚の暴力といった言葉ではまだ足りない、脳の処理能力を超えた過剰な電子情報が、私を取り囲んでいた。


(初めから、ここには誰もいなかった……)


 聖堂を埋め尽くしていたはずの信者は、一人も見えない。

 百合の花の香りだけが、強さを増していく。


 ゾッとした。


 私とメリッサは、いわば電脳の地雷原の只中に、武器も持たずに投げ込まれていた訳だ。


『……ありがとう、これで状況は一応把握できたわ』


何故か酔っ払ったみたいに頭がグラグラする。


『ではリンクを切ります。普通の人間の脳ですと現時点でもう不可逆性のダメージを脳神経に受けていますから』


 いや、既に私、頭が痛いんですけど----。


もしかしてアンソニーのヤツ、魔女だから多分大丈夫だろ的なノリでこんな作戦に私を放り込んでくれたとか?


(あのクソ法王……ッ! 戻ったら絶対に殴る……絶対に殴る……ッ!)


 腕に抱えているのは純白の百合の花束だけ。

 連れているのは、寝ぼけまなこの幼女だけ。


 これから何をどうすればいいのか、何の指示もない。


(一発じゃ足りないな……三発、いや、メリッサの分も入れて四発は殴ろう……)


 そう決めると、頭痛がやっと治まって来た。

どうやら廃人にはならなくて済みそうだ。


『……まぁいいわ、とにかく行きましょう』

 

 私は青い光の上をしずしずと祭壇に向かって歩く。

 ドームの中央の一段高くなった場所の、白い影を目指して。


 地雷原をゆっくりと、進んで行く----。

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