聖杯神殿
見渡す限り広がる仮想空間の中に、浮島のように存在する白亜の都市。
その都市の中枢ともいえる巨大ドームが、どんどん近付いて来る。
(確かに、巨大な聖杯だわ……)
その高さ、200m。
直径は300m。
とにかく常識外れの巨大さだ。
そして新古典主義に基づいた建築だけあって、その荘厳美と崇高さはサン・ピエトロ大聖堂を凌ぐほどに高められている。
なのに----既に廃墟のような冷たさに満たされているのだ。
傷一つない大理石の滑らかな白さを目にしているはずなのに、私が思い描いたのは砂漠の中の朽ちた神殿だった。
(私の目がおかしいの? それともこれは電脳世界で起こりうるバグとか何か、そういったものなの?)
『おかしくはないのですよ』
不意にカーラの声がする。
『え?』
『元々ヒトラーは、このゲルマニアを将来的に美しい遺跡になるように設計させましたからね』
なるほど、そうだったのか。
完成した瞬間から既に朽ちていく事を定められた都市----それが世界首都なのだ。
(都市という姿でありながらも人間のために作られてはいない……ここは、そういう場所なんだ……)
『……では、こちらが入口です』
白い舗装の上に私達は音もなく降り立つ。
『ご案内はここまでです。後は、聖母様のお導きに従って祭壇までお進みください』
そう言い終わった途端に、案内人の姿は掻き消えた。
『……え、勝手に入って大丈夫なの?』
『大丈夫です。防壁は厳重に組まれていますが、私には全てのルートが見えています……ダミーの方に進んで神経系を破壊されるとかはありませんからご安心ください』
あの、そんな話聞かされる時点でご安心できないんですけど。
『しかしこの子全然起きないわね……作戦に使わないんだったらなんでわざわざ連れて来たのかしら』
そう愚痴ると、
『あら、お伝えしていませんでしたか? 貴女は白い聖母に妹の病気の治癒を請いに来た富豪の娘、という設定になっております……ちなみに実在する人物ですが、本人は自分の名義でIDを偽造されている事は知りません』
ものすごい答えが、しれっと返って来た。
いやそれ、普通に犯罪----いや、まぁいいか。
人間の世界の法律に魔女がどうこう言う筋合いでもない。
『バチカンの地下銀行だの資金洗浄だのいう話がなんだか可愛く思ってくるわね』
『そうですか?』
念話でカーラと喋りながらも、私はドームの分厚い扉に手をかけた。
傍から見れば可哀想な妹を連れた世間知らずのお嬢様が、おずおずと助けを求めに来たかのように見えるのだろうか。
いや、そう見えてくれないと困る。
扉は重たいが、音もなく開いた。
『……!』
私は思わず息を呑んだ。
まるで大聖堂のようなドームの中には、数えきれないほどの椅子が円を描くようにして並び、そのほとんどの椅子の前に、老若男女、様々な人種の人々が跪いていた。
その視線の先----ドームの中央の一段高くなった場所には、白い影が一人。
(アネモネ!)
祭壇らしきその場所に、白い聖母は確かにいた。
私は目を凝らす。
(……!?)
踝まである純白のドレス。
純白のベール。
そして、漆黒の目隠しをされて----。
白い聖母は、祭壇の上で磔にされていた。




