イミテーションワールド
『なんだか思っていたより無機質な感じの空間なのね』
『貴女の目にはそう見えますか? 実際には防壁に次ぐ防壁で、この瞬間もウィルスチェックが全方位で展開されているところです』
そうか、私の見えている世界と、AIであるカーラの見ている世界はまた違うのだ。
それもそうだろう。
いくら私の脳が人間のそれとは違うとは言っても、こういった電脳の世界では認識できる情報の量に大差はないのだろうから。
(まぁ、そんなモノが全部見えてたら、目が幾つあっても足りなそうね)
もどかしいような、それでいてどこかほっとしたような気分で、私は黒服の案内人を追い続ける。
(うん……私は、やっぱり人間寄りの存在なんだ……)
案内人の速度は全く変わらない。
案内というよりは単なる先導だ。
ここを訪れたという以上は、行先もこれからすべき事も全て知っているはずであろうという事か。
『今のところこのまま祭壇へは予定通り到達できそうです』
『ならいいんだけど』
こちらを振り返りもしないのは、来訪者への信頼か、はたまた侵入者などすぐに排除できるという揺るぎない自信の表れなのか----。
それにしても実に不思議な感覚だ。
少し気を抜いただけで自分が今上を向いているのか下を向いているのか分からなくなる。
平衡感覚はもとより、時間の感覚すらここではどんどん希薄になっていくのが分かる。
ああそうだ、と私は気付く。
ここはカラビ・ヤウの森にそっくりなのだ。
マヌエルが見せてくれた究極の世界によく似ているのだ。
白い光。
どこまでも続く空間。
6次元への入口である白い森----。
(……でも、違う)
ここにはあのニューロンの無限に伸びゆく枝がない。
複雑に絡み合い、四方に張り出し続ける木々の揺らぎはない。
ここは、人間が膨大な労力で作り上げた単なる贋物に過ぎない。
人間の脳では永遠に到達できない6次元に恋い焦がれて懸命に作った不完全な写し絵に過ぎない。
それに----。
私が握っているメリッサの手は、温かい。
(そうだ、ここは人間が作ったに過ぎない単なる紛い物の空間……何も不安になんかなる必要は……)
概念しか存在が許されない6次元の世界では絶対に存在できない命が、ここにはちゃんとある。
大切なメリッサが、私と一緒にいる。
(……だけど、これは本当に……本物のメリッサの体温なの……?)
唐突な違和感が、私の意識に浮かび上がって来た。
『どうかしましたか?』
『あ、いや……大丈夫……』
何故だか分からない。
だけど、何かが変だ。
(いや、間違いなくこれはメリッサの手だし、その手を握っているのは私で……)
私。
私----?
(今の私って、本当に……本当の私なの……?)
その疑念すら、今や薄膜が張ったかのような、危機感のない感想へと落ち着いてしまう。
(いや、ちゃんと意識はあるし、状況も把握できてる……はず……)
そうよね、とカーラに同意を求めようとしたその時、
「こちらです」
案内人が不意に止まった。
こちらを見る。
その表情は、相変わらず分からない。
「ここから先はお二人のみでお入りください」
違和感の正体が掴めそうで掴めない。
だが、今は案内人に従うしかない。
「さあ、行くわよメリッサ」
返事のない少女の手を強く引いて、私は案内人の指し示す新たなゲートへと侵入したのだった。




