ゲート
『ご安心ください。ミレニアムへのログイン前後の支援も引き続きこの私が行います』
頭の中でカーラの声が響いた。
電算式魔術支援システムの、合成された朗らかな声が----。
『え? ええと……カーラは今どこにいるの?』
思わずきょろきょろした私の頭の中で、再び声が響く。
『説明が遅れまして申し訳ありません。現在私は貴女の脳の領域の一部に間借りする形になっています』
そうか、それでここには私とメリッサしかいない訳だ。
『ミレニアム内では一人につき一体のアバターを利用しますが、偽装IDが二人分しか用意できませんでしたので』
『あー、うん、そういう事ね』
つまり、私の頭のどこかにカーラが入り込んで来てるという事か。
(それでなのかな……頭ははっきりしているはずなんだけど、なんだか妙に思考のスピードが速くなっている気がする……)
自分では現実世界にいた時と変わらないつもりでいたが、言われてみるとロクな説明もなく着けられたヘッドセットへの違和感も無いし、転送中に見えている電脳世界のゲートにも既視感すらある。
(ははは、この感じ……カーラが本気出したら私の人格を乗っ取る事もできそうよね……)
ここまで技術が進んでいるのなら、人間は、もう魔女なんか恐れる必要もないのに。
恐れるべきは、同じ人間----いや、その人間が生み出した----。
『転送完了しました』
(ダメダメ、カーラはそんなんじゃないんだから……変な事を考えない!)
私は急いで自分の意識に集中する。
電脳世界は不思議だ。
上も下もない果てしなく続く空間で、私達はふわりふわりと浮いていた。
無重力というのはこんな感じなのだろうか。
まるで、夢の中のような----。
(何だろう? この感覚、どこか懐かしい……?)
首を捻ったが、思い出せない。
ただ漠然とした高揚感と全能感が、私を包んでいる。
不思議と恐怖は感じない。
(中世生まれの私がこんな場所にいるなんて……ホント、人生って何が起こるか分からないわね)
周囲は、ほの青い光に包まれた一面の平野だ。
誰もいない地下室で稼働している『タワー』を私は思い出す。
カーラはいつもこんな世界を自由に行き来しているのだろうか。
カーラには、人間はどう見えているのだろうか?
(これが電脳の世界……無限で、空疎で……だけど、人間の英知の全てを結集させた永遠の理想郷でもある……)
仰ぎ見た先には、幾つもの丸いゲートがゆっくりと点滅を繰り返している。
下を見れば、やはり同じようにゲートがあちこちに見える。
ミレニアム以外にもバーチャル救済システム的なものは複数あるらしいが、今この瞬間にも世界中から無数のアクセスが殺到しているのだろう。
目が慣れると、か細い光線のようなものが次から次へとその中へ吸い込まれて行くのが見える。
だが、ここには静寂しかない。
ここは一般の人間が簡単にアクセスできるゲートとは違い、何重もの防衛設定が施された機密性の高いゲートがある領域だ。
ここに立っているだけで、私達のIDは既に幾つもの逆探知を受けている。
(嵐の前の静けさ……か)
今の私は、丸腰だ。
(やっぱり、ちょっと落ち着かないな……)
私のアバターは、裾の長いシンプルな白のドレスに厚手の同じく白いベールを被り、腕一杯の純白の百合の花を抱えた姿に設定されている。
これが女性がミレニアムに初めて加入する時の正装らしい。
『メリッサ、その百合の花、落さないでちゃんと持ってるのよ?』
『……ん』
メリッサも、私と同じ格好だ----まだ寝ぼけているのか、立っているのがやっとという感じだが。
違うのは、持っているのが百合の花一本だけというところ。
(しかし、この格好で聖母に会ったとして、どうやって戦えというんだろう?)
電脳世界での戦闘なんて想像もつかないが、それをこれからやらなければならないのだ。
カーラの支援があるにしても、果たして上手くいくのか----。
『今ミレニアムにコードを送りました。案内人がゲートを解放したら後は指示に従い付いて行きましょう……こちらからのアクションは一切起こさず、全て案内人に従ってください』
『了解』
メリッサの手を繋ぎ、そっと深呼吸した。
(よし、始めますか……!)




