狼の乳を飲みし者達
『いかにも、ミレニアムは新興宗教の皮を被ったTの宣伝部隊だ』
トゥーレ協会、いや、もっと言えばナチスがその勢力の拡大を図るために宣伝活動に力を入れていたのは有名だ。
当時のナチス宣伝相ヨーゼフ・ゲッペルスは1933年に『ラジオは最も近代的で、また最も効果的な群衆感化の道具であると言って良いだろう』という言葉を残している。
もちろんラジオ以外にも、ナチスはフェルキッシャー・ベオバハターを筆頭に新聞による民衆の扇動を行ったり、映画を帝国国民啓蒙宣伝省の所管とする事によって映画の政治利用と画一化を行っている。
それでもなお、ラジオは国民全員、そして国民以外にも反復的に思想を浸透させる事ができるメディアとしてナチスのプロパガンダの柱であった。
皮肉な事に、バチカンもラジオを重要視している。
ついこの前愚者火の魔女に破壊されかけたサンタ・マリア・ディ・ ガレリア村近くの自前の太陽光発電所の前身は、1931年に無線電信機の発明者グリエルモ・マルコーニがローマ法王のために建設したラジオ放送局であり、バチカンはここから今でも全世界の信徒に向けて毎日47の言語で国際放送を行っている。
ちなみに統括は『広報のための部署(Dicastery for Communication)』という機関らしい----本当の所は何をやっているのかは知らないけど。
『……所詮は、ファシズム政党と宗教は合わせ鏡のようなものね』
私の言葉に、法王は『いや、双子だろう』と返す。
『どちらも同じ狼の乳を飲んで育ったようなものだ』
『ロムルスとレムスね……でも殺したはずの弟がこうして再び兄の前に立ちはだかるなんて、なんて面白いのかしら』
バチカンに魔女として焼かれた私にとっては、人類がファシズムに洗脳されようが特定宗教に洗脳されようが、大した違いはない。
それでも、神の名の下に罪もなき私達を焼いたのなら----聖職者達は最後の一人になるまでファシストと戦うくらいの償いはするべきだろう。
『面白がるのは結構だが、真面目に働いてもらわないとお前だってちゃんと死ねないんだぞ』
『はいはい、そこはちゃんと承知しておりますよ猊下』
それにしてもアンソニーの現状認識は、かなりシビアだ。
どうやら私は特等席からの見物を許してはもらえないらしい。
『バチカンとナチスなら、バチカンの方がまだお前ら魔女には優しいぞ』
『いや、バチカンでも頭に電極差したりするでしょ……』
しかし、バチカンもこんな人間を法王にしてしまって本当に良かったのだろうか。
改革とは言っても限度があるでしょうに。
『私達はいいとして、もっと愛とか希望みたいな言葉でその気にさせないと、信徒は戦ってくれないでしょ』
『数だけはいても何の能もない信徒には何の期待もしていない……せいぜいミレニアムに流れないでいてさえくれれば、それ以上の働きはしなくて結構。むしろおとなしく寝てろと言いたいくらいだ』
ふむ、迷える子羊達は何億匹いても何の戦力にもならないと。
それ次のラジオで是非言って欲しいわね。
『……問題は約7億人いる無宗教者や1億人以上と言われている無神論者、心霊主義者がもう既にかなりの数ミレニアムに取り込まれているという点だ』
話が本題に戻って来た。
『ああ、そういう層って、以前に日本で起きたオウム真理教だっけ? もしかしてあんな感じの高学歴者が多いんじゃない?』
『それはある』
それならカルト宗教としてはさほど珍しくはない。
大小様々なカルト宗教がテロだの集団自殺だのを起こしているのは、そこそこ世界の日常だ。
『だが彼らは尖兵に過ぎない……最終的には製薬会社やIT企業、果ては病院の経営者を信者にして次々と企業を傘下に収め、資金を集めている……もはや単なるカルト宗教の枠を超えた一大企業集団だ』
その言葉を聞いて、私は既視感を覚えた。
ああ、これは何かに似ている。
そうだ、『ラボ』そのものと同じ作りだ----。
『ねえアンソニー、やっぱりバチカンとナチスって元は……』
そう言った途端、『黙れ腐れ魔女!』と罵声が飛んで来た。
『お前のお友達が心配なら、そういう言葉は慎むんだな』
やっぱりアンソニーはこのバチカンとナチスの関係について、かなり深い所まで知っているのだ。
いや、知っているだけではなく、もしかすると----未だに当事者なのかもしれない。
(法王ピウス十三世……いや、フランチェスコ・パチェリ……貴方は、本当は一体誰なの……?)




