偽りの聖母
『今、バチカンの信徒は全世界でどのくらいいるか知ってるか?』
法王は、突然今更な質問をしてきた。
私を何だと思っているのか。
それなりに、法王庁に飼われている魔女としての基本知識は持っているつもりだ。
一般的に、バチカンとは教皇聖座(Holy See)とバチカン市国(Vatican City State)の総称である。
教皇聖座とは、カトリック教徒の総本山、また教皇の国そのものを意味し、宗教機関でありながら、国としての側面も持っており、事実国連を含めた多くの国際機関に加盟又はオブザーバー参加している。
一方のバチカン市国とは、教皇聖座に居所を提供している領域としての国家を指す。
しかし、それはあくまでもバチカンの現代社会における公的な、そう----教科書的な定義に過ぎない。
バチカンは、言うまでもなく、世界最大の宗教であるカトリック教会の総本山だ。
その信徒数は----。
私、なりそこないの魔女は肩を竦めた。
『信徒数というと、今は確か十三億人だったかしら? 世界の総人口が六十八億人だから総人口の三割以上を占めてる訳よね……で、宗教人口では一位でしょ? 毎日魔女を焼きまくった甲斐があったじゃないの』
『いや、最近はイスラム教徒の数がかなり増えているらしくてな』
あ、じゃあ今は逆転してるのか。
ま、栄枯盛衰とかいうやつでしょ。
『統計にもよるが、カトリックの信徒数のみで比べれば、実際には数では既に抜かされている……どうやら焼く魔女が足りないようだな』
いやいやお前達、だからそういうトコだぞ?
『で、何? これからはプロテスタントやロシア正教系も全部カトリックに無理矢理改宗させようって話なの?』
『それはない……バチカンは軍隊は持たず、キリスト教精神を基調とする正義に基づく世界平和の確立と人道主義の昂揚を掲げているからな。そもそも既存の宗教とはこの先も共存していく方針は変わらない』
へーさすが法王様が言うと重みが違いますねぇ、という皮肉を堪えて、私は先を促した。
『……で、こんな話をするって事は、『既存の宗教』でない宗教でも出て来たの?』
『そうだ、それがバーチャル救済システム『ミレニアム』だ』
そういう事か。
『2020年に初めて設立された時は、単なるサイバードームを利用した少人数のスピリチュアルサークルのようなものだった』
『サイバードームとは主に等身大広視野角で、複数人が3D立体映像を閲覧可能な映像装置の事です。例えば日本の汐留に設置された初期型のモデルは直径9mの球をカットしたサイズで、高さ8.5m、横幅8.5mのドーム型スクリーンに立体映像を投影したものでした』
カーラが解説してくれる。
『当時は3次元CADデータをもとに18台のプロジェクタと10台のPCで制御するという大掛かりなものでしたが、現在ではドームのサイズも解析度も飛躍的にアップして世界中に普及しています』
『ミレニアムはそのサイバードームを使って没入体験をメインに会員を集めた』
スピリチュアルサークル。
没入体験。
聖母。
そして、ミレニアムという言葉----。
ミレニアムという言葉は、元々は、これまでの世界が終わりを遂げて、キリストが新たな千年間を支配する至福千年期が訪れるというキリスト教の千年王国を意味していたものであるはずだ。
だけど。
それなのに。
私が思い浮かべたのは。
偽りの慈愛に満ちた、白い魔女の姿----。
『その正体が、トゥーレ協会ね?』




