このまま、二人で
「えーと……さっき私がお風呂に入ったら、お湯が溢れて……」
そろそろと私の太腿から降り、メリッサはお湯を両手で掬い上げる。
「その溢れたお湯は、私の、えっと……たいせき……? と同じ重さだから……」
「そうそう」
少女の顔は真剣だ。
上気した薔薇色の頬はとても幼い。
なのに、長い睫毛に縁どられた黒い瞳は、今はもう私ではなく私の遥か後方を見詰めている。
「だから……王冠を水に沈めれば、王冠の重さが分かる……」
しばしの沈黙の後、メリッサは顔を上げた。
「……まず王冠は純金製であると仮定して、純金1立方センチあたりの重さがあらかじめ分かっていれば、王冠の重さ÷王冠の体積=純金1立方センチあたりの重さとなるわ……よってこれと同じになれば王冠は純金製と言える……」
どうだと言わんばかりの笑顔で、少女は立ち上がった。
水滴が、ぼたぼたと私に降り注ぐ。
「そうでしょ、アイリス?」
この上なく嬉しそうな、それは達成感に満ちた表情だった。
「……すごいわ、その通りよ」
私は誇張ではない感嘆の声を返す。
やはり、この少女はただの肉の器などではない。
知識を与えられている間は何の興味も反応も示さない事が多くても、その知識は確実に彼女の中に湛えられ、彼女を満たしていたのだ。
満たされた知識が答えを導き出すその瞬間を、私は、まざまざと見せ付けられた。
(メリッサはメリッサだ……モルガナのコピーなんかじゃない、れっきとした一人の人間としての個性と、知性を持った……女の子なんだ……)
気が付けば、きらきらとした瞳で少女は私を見下している。
昔の弟と同じ瞳で。
昔の私と同じ瞳で。
知識を探求する全ての者と同じ瞳で----。
「……グラン・ルーメ」
いつしか少女の顔はすぐ目の前にあった。
艶のある桜色の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐのを、私は夢でも見ているかのような心持で見詰めていた。
「そう、私は全ての魔女の母であり……そして全ての魔女の娘でもある……」
私は少女の首に腕を回す。
まるでその瞳の奥に吸い込まれるかのように。
「アイリス……私の母であり、娘であり……そして、魂の伴侶……」
口調はモルガナとしか思えない。
なのに、私が呼んだ名はメリッサのものだった。
「メリッサ……」
私は少女を掻き抱く。
「貴女の中身はモルガナなんかじゃない……ちゃんと、メリッサだよ……」
「……ありがとう」
少女の華奢で薄い身体の中で、心臓が鼓動を刻んでいる。
私の心臓も、応えるかのように脈打っている。
私は、初めて、二人で一つになっているのだと感じていた。
「私、アイリスがグラン・ルーメじゃなくても……きっと大好きだった」
少女が囁く。
「初めて会った時から、大好きだったの……」
「……うん」
私もメリッサも、このまま二人で湯の中に溶けてしまいそうなくらいに吐息を重ね、唇を啄み合う。
「だから、もう……モルガナなんかに渡したくない……アイリスは、私だけのアイリスになって……ね?」
そう言いながら、少女は泣いていた。
泣きながらまたむしゃぶり付いて来た。
「私がどんなに変わってしまったとしても……アイリスだけはちゃんと私を見付けて」
「……うん」
キスの味が、とてもしょっぱい。
だけど、これまでにないくらいの幸福感で私の頭は痺れていて、
「……それじゃ、もう出ようか」
そう言って小さな頭を撫でる。
「やだ、まだこうしてる……ッ……」
「我儘言わないの」
関係とか、理由とか、義務とか、今はそんな事はどうでもよくて、私はただ渇望していた。
このまま二人で溶け合ってしまいたいと本気で思うくらいに、少女の感触を手放したくなかった。
「だって、まだご褒美の分は何もしてないのよ?」
目を見開いた少女に、私はもう何度目か分からない口付けをする。
「だから、この後いっぱい……うん、嫌って言っても許さないくらいにいっぱいご褒美をあげるわね……いいでしょ……?」




