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ペテロとイエス

「ペテロは……約束の地の民であり、そして『力』の継承者だった……そうでしょ……?」

「……続けろ」


 言外の同意を確認して、私は頭の中を整理する。

 ぼんやりと考えていた仮説が真実のものであったという驚きよりは、自分がやっとここまで辿り着いたのかという感慨じみた感情の方が勝っている。


 偶然などではない。

 この世界を繋いでいるものは、運命という名の必然のみ。


 金と銀、二つの鍵を繋ぐ決して切れない紐に、今私は触れている----。


「……まず、教会が広めているイエス像には大きな誤りがあると思うの」

「ほう……聞こうじゃないか……別に今度は火炙りにしたりはしないから安心しろ」


 今のは聞かなかった事にしよう。


「イエスは数々の奇跡を起こした事になっているけど、それらは彼自身の力によるものではなくてペトロの力によるもの……もう少し正確に言えば、ペトロの力によって増幅されたり強化されたものだったんじゃないかと思うの」


 イエス・キリスト。

 改めて確認する必要もないとは思うが、彼はキリスト教の多くの教派において、三位一体の教義の元に、神の子が受肉して人となった、真の神であり真の人である救い主として信仰の対象となっている人物である。


「一応先に言っておくけど、イエス自身にも『力』はあったんだろうと思うわ……ただ、彼一人だったらそのまま、ちょっと変わってるけど平凡な大工で終わったかもしれない」


 私は壁の十字架に目をやる。

 最後の最後にあんな殺され方をして、彼自身はどう思っていたのだろう?


『自分の片割れ』なんかに出会わなければ良かったと、そう思っていた?


「つまり、ペテロこそが奇跡を起こす『力』の持ち主だったと、そうお前は言うんだな?」

「ええ……『力』を持つ一族の末裔であり、同族を探して……そう、貴方の言い方をすれば、『スカウト』していたのよ」


 私は一人頷く。

 魔女狩りはスカウトだったのだというこの男の言葉が、今はしっくり来ている。

 

「そしてペテロは、イエスという同族をついに見付け……その一番弟子となった」

「……弟子になるよりも弟子にした方が良かったんじゃないのか?」


 法王の疑問はもっともだが、そんな事を聞かれても私だって知らない。

 単に自分より若くてカリスマ性を持つイエスに宣教活をさせた方が人が集まると踏んだとか、そんな所だろう。

 そもそもイエスと初めて会った時点で、ペテロはかなり高齢だったと考えられているのだ。


 要は、裏方に回った方が何かと行動を起こしやすいという事だろう。


「で……イエスが起こした奇跡というのは色々あるけど、その中でも特に重要な奇跡が起きた場には必ずペテロがいたわ……例えば、イエスの変容の目撃に、復活時の立会い……その後は、ヤッファで亡くなった少女タビタを自ら生き返らせてすらいる……もちろんイエスの名のもとにね」


 今風の言い方をすれば、ペテロはイエスをスカウトし、その彼をメジャーな存在にデビューさせるプロデューサー的な役割を演じていたのではないのだろうか?


 それを考えれば、あの有名なイエスの受難前の三度の否定の話ですら、イエスの死後もその『力』をアピールするための一芝居だったのではないかと思えてくる。


「……私がこう考えるようになったのはね、あの双子達と戦ってからよ」


 愚者火イグニス・ファトゥスの双子。


 魔女ニクスと、魔女ルクス。

 二人の、壊れた少女達----。


「あの二人は結合双生児だったけど、生まれてすぐに切り離された……そして妹のルクスはそのまま死に、姉のニクスだけが村外れの小屋で生き延びた」


『特異体質』により鬼火というパウリ現象を小屋の周辺に引き起こしていたニクスは、ある日ルクスの亡骸を手に入れる。


「狂った養母の束縛から逃れるため、ニクスはそこで初めて養母を焼き殺した……そこまでの力は持っていなかったはずなのに、どうしてだと思う?」

「……ルクスの持つ力と共鳴したって事か?」


 そう。

 ニクスと同じく、ルクスもまた同じ力を持っていた。


 いや、もしかすると、ニクスを上回る力を持っていたのかもしれない。


「ニクスの記録は読んだ?」

「もちろんだ」


 そう答えた法王は、何かに気付いたようだ。


「だが、そうだ……ルクスの……いや、当時は名前なんかなかったな……魔女の妹である嬰児の死体についてなど一言も触れてはいなかった……!」

「そうでしょうね……だって嬰児の死体なんて誰も見ていないんですもの」


 ペテロの正体について気が付かせてくれたのは、あの双子の他にももう一人いる。


「前にね、メリッサの実験について、彼女自身が話してくれたことがあるんだけど……彼女も、もとは双子だったわよね?」


 双子----。


 同じ血を引く者。

 同じ遺伝子を持つ者。


 同じ『力』を持つ者。


 互いの脳に干渉できる者----。


「あの子、実験で溶けた姉妹を……食べちゃったって、そう言ってた……」

「……ああ、確かに……喰ったらしいな」


 しばらくの間、私もアンソニーも無言だった。


「……詳しい事は分からないが、魔女の力は得てしてそういう事があるようだ」

「食べるとか食べられる以外にも互いの力に干渉し合う事ができるって事ね」


 双子に限った話ではない。


 私と弟。

 私とメリッサ。


 魔女の力を持つ(あるいは持つとされている)者達は、互いの『片割れ』と干渉し合うのだ。

 それがどのような基準によるものなのかは判然としないが。


「恐らくだけど、血縁とかそういうものが大きく関係してそうね……まぁ、ニクスがルクスを食べたって言うのは私の想像でしかないけれど……」

「いや、お前の想像は正しい」


 法王の声に、今度は私が驚く番だった。


「……そうなの!?」

「うむ……まだ作業中だが、モルガナとルクスの会話を解析したところ、モルガナがそんなような事を……異端審問にかけられる前にニクスがルクスを食べたという事を、ルクスに話しているのが分かった」

「……はぁ!?」


 結界展開中の会話を盗聴していた事も驚きだが、そもそもどうやって盗聴できたのだろうか。

 これでは今後おちおち敵と話もできないどころか、モルガナに下手な事も言えないではないか。


「そんな顔をするな。技術自体は十年くらい前からあるヤツで、大して目新しくもない……元は電球のガラス表面で発生した小さな振動を、離れた場所の望遠鏡のセンサーで捉えて音を復元するという手法だ」


 怖っ。

 現代技術って怖っ。


 やっぱり私達魔女にはプライバシーだの人権なんだのは無縁なのね。


(あれ……? でも、ルクスがニクスに食べられた事をなんでモルガナが知ってるの?)


 私の頭の中を、?マークが飛び交う。


(そもそも、モルガナはどうやってルクスを灰にできたの……?)

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