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青い薔薇

「ねぇねぇ何読んでるのー?」


 両肩にずしりと重みを感じて、私は開いていたノートを慌てて閉じる。


「こら、重いってば!」

「重くないよ! メリッサはねぇ、小鳥の羽のように軽いんだから……!」


 歯の浮く詩のような事を言いながら、少女は私の首にしがみ付いたまま脚をバタバタさせた。

 それにしてもいつの間に書庫に入って来たのだろう。


 この少女は、時折本当に質量を感じさせないまでに気配を消すのだ。


「いやいやいや、どんなに言っても普通に重いからね……って、どうしたの? まだごはんの時間じゃないでしょ……?」


 机の抽斗にノートを仕舞うと、私は座ったままの姿勢で少女の手を軽く握った。


「うん……それは分かってるけど……」


 少しきまり悪げな声になって、メリッサは私の前に立った。


「でも、あの……何だか、アイリスの様子……いつもと違うから……」


 黒のフリルドレスに、お揃いのリボン。

 エナメルの靴。


 とても可愛らしい、少女。


 ----私の、女主人マスター


「アイリス……何かあったの?」


 小首を傾げて尋ねる少女に、私は首を振った。


「ありがとう……大丈夫よ」

「ホントに?」


 以前であれば私は即答していただろう。


 何でもない、と。

 そして胸の内で付け加えただろう。


 貴女には関係ない----と。


 だが、何故か私は少女に向かって尋ねていた。


「……ねぇ、青い薔薇って知ってる?」

「青い……薔薇……?」


 メリッサはきょとんとする。


「赤とか白とかなら知ってるよ? でも、青い薔薇なんて……あったっけ?」


 至極当然の反応だ。

 

『That's a Blue Rose』


 という英語の諺がある。

 これは古来より『不可能』を表す意味であった。


 現在では遺伝子工学を生かした品種改良により青色の薔薇自体は市場に存在し、世界中の育種家の悲願の結晶として珍重されているようである。


 だが、もしその『Blue Rose』が全く別の意味を持っていたとしたら----。


 そう、例えばかの有名な薔薇戦争『Wars of the Roses』におけるヨーク家とランカスター家を表すような、ある特定の血筋の象徴だとしたら----。


 そしてそれが、私と弟マヌエルの中に流れる失われた血筋の象徴だったとしたら----?


「うん、普通は無いのは知ってるけど……でも……どこかで聞いた事ない……?」


 祈るような気持ちで私は少女に問う。

 少女の形をした魔女に問う。


「もしかしたらそれが、私の……私自身が誰なのかを知る鍵になるのかもしれないの……」


 どうしてこんなに必死なのか、自分でも分からない。

 今更自分が何者なのかを知ったとして、何が変わるのか分からない。


 それなのに、私は知りたいのだ。


 アンソニー----いや、現法王ピウス十三世ことフランチェスコ・パチェリが長年の研究の結果導き出した私の正体を。


 あのノートに書かれた仮説の真偽を。


「……見た事あるかも」

「え?」


 息を呑んだ私に、黒髪の少女は悪戯っぽく微笑む。


「青い薔薇なら……ずっと前に夢の中で、一度だけ……見たよ……?」

「ほ、本当に!?」


 天空でまた一つ見えない歯車が回り始めたのを、私は理解する。

 私の運命が、転がり始める。


「どんな夢だったの!? 本当にそれは青い薔薇だったの?……他には何かあったの!?」


 掴み掛らんばかりに質問をする私に向かって、少女はぺろりと舌なめずりをした。


「教えて欲しい? じゃあ、ごはんの前に……食前酒アペリティフを頂こうかしら……ねぇ、私のアイリス……?」

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