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アンソニーのノート

「……マヌエルの記録がない、ですって?」


 様々な年代の布が発する匂い。

 隙間なく模様の描かれた低めの天井。


 小振りだが手の込んだシャンデリア----。


 私は今、法王の私室にいる。


 法王は長白衣アルバを纏いベッドに横たわっていた。


「あぁ……お前の弟とやらの記録は、どれだけ探しても見付からなかった」


 壁の四方にタペストリーやら絵画やらが掛けられた絢爛たる装飾の室内は蝋燭の明りだけで照らされていて、まるで絵画のワンシーンだ、と不謹慎な感想がチラリと浮かんだ。


 寝間着姿の法王は幾分掠れた声で付け加える。


「それだけではない……領主の娘モルガーナの両親からその一族に至るまで、お前の家系は当時の記録からも全て消されていた……片鱗も残さずに」


 魔女は備品なのでそこらに突っ立っていれば良いというのが庭園管理局の見解なのかもしれないが、呼ばれた以上は客なのだろうと思い、私は手直にあった布張りの椅子を引き寄せて座る。


「その記録を消したのは庭園管理局なの?」

「いや……別の、というよりも、経緯からして複数の勢力が関与していると考えた方が良さそうだ」


読書机の上には、うず高く積み上げられた古書の山と、数冊のノート、そしてそれらに埋もれるようにして置かれているデスクトップタイプのパソコン。


 地上における最高権力者の私室にしては収納能力が著しく低い部屋だが、それも仕方ないのかもしれない。

 法王のこの部屋には幾つかの隠し扉が作られていて、有事の際にはそこへ身を隠したり、誰にも見られずに通路を抜けて外に脱出できるようになっているのだ。


 今回私が使った扉は、今は薔薇模様のタペストリーの下に隠されている。

 私達魔女の暮らす地下から直接法王の私室に通じる通路があるとは、数百年生きて来た私も今日初めて知った----通路と言っても、狭いわ石畳がボコボコだわの上に、帰りにまたそこを通る事を考えると辟易するくらいに蜘蛛の巣だらけの代物だったが。


「正式な記録から抹消された一族として、幾つかの伝承に断片的に残ってはいるがな……」

「……そう」


 ニュージーランドでのミサの後で突然倒れた法王ピウス十三世は、一時間ほど昏睡状態にあったがその後事もなかったかのように回復し、翌日以降のミサも全て予定通り行ってバチカンに戻って来た。


「……で、体調は?」

「すこぶる良いぞ……こうして時たま意識が混濁する以外は、な」


 その原因であるマヌエルは、カラビ・ヤウで別れて以来消息不明だ。


(だけど、あの子が『これまでで一番理想に近い構造』とまで言っていたこの男の脳からあっさり引き上げたとは思えない……)


 私は法王の白髪頭を眺める。

 この脳の中に、私の弟----いや、『魔女マヌエル』が今も潜んでいる----。


「……カチ割ってみればいいんじゃないの?」


 思わず出た独り言に、


「それができれば苦労はしない」


 苦々し気な声が返って来る。


「カーラは何て?」

「現段階ではお前の弟の人格の消去は不能、分離するにしても脳医学的なリスクが大きいそうだ」


 予想通りの回答だ。

 つまり、今の法王様は記録にない魔女の人格を抱えてしまっている訳で----。


 公になってしまったら、中庭で魔女を飼っているどころのスキャンダルではない。


「……やっぱりカチ割った方が善良なる信者のためになるんじゃないの?」

「黙れ腐れ魔女め」


 眉根を寄せながら法王は上体を起こし、机を指差す。

 

「そこにノートがある……読んでみろ」 

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