呼応
(ダメだ! このままだと二人とも元の世界に戻れなくなる!)
私はほとんど這いずるような格好で弟に近付いた。
もう輪郭しか分からないが、彼は、まだそこにいた。
「行きなさい!」
首を振ったように見えたが、それは見間違いかもしれない。
どちらにしろ、もう彼の意思を確かめる猶予も必要もない。
渦巻くようにして虚空に吸い込まれ始めた白い世界を目がけ、私は弟を両手で突き飛ばす。
「次に会う時は、本当に斬るわよ!」
その言葉に対し、マヌエルがなんと応えたのかは----もう分からない。
赤く染まった私の足元もまた、大きな渦を巻いて下方へと吸い込まれ始めていた。
サラサラサラサラ。
嘘みたいな静かな音が、私の耳朶を打っている。
うるさいくらいに。
サラサラサラ。
サラサラサラ。
まるで巨大な漏斗に落されていくかのように、私の世界はなめらかに消滅していく。
間に合わなかったのだ。
もう止められない。
私の意識が消滅していく。
私という存在が飲み込まれていく。
その先に----一体何があるのだろうか?
分からない。
分からない。
分からない。
怖い。
怖い。
怖い。
今なら心の底から分かる。
己の輪郭が失われる恐怖を。
私という存在が元素にまで還元されていく絶望を。
大切な人と二度と会えなくなるかもしれないという、後悔を。
(なのに、私はもう目を覚ましたあの子を迎えてやれない……)
後悔とは、こんなに全身を苛むものだったのか。
血管を硝子片が流れていくかのような苦痛を伴うものだったのか。
怖い。
怖い。
痛い。
怖い。
身体の内側からゴリゴリと理性が削られていく中で、私は最後に残った感情をギュッと握り締める。
(嫌だ! 消えたくない……!)
虚空に投げ出された感覚が私を包み、私は目を見開いた。
そこに存在したのは----完全な無だった。
そこには、何もなかった----。
伸ばした指先には何も触れなかった。
『私』という存在は、存在を許されていなかった----。
全身に鳥肌が立つのを覚えた途端、私は金切り声で叫んでいた。
まるで幼子が母を呼ぶ時のように、全身全霊で。
「メリッサ……!!」
その時だった。
どんなに見開いても何も見えなかった視界が、暴力的なまでの緑色の輝きで満たされたのは----。




