崩壊
「うわぁぁぁぁぁ……ッ!?」
マヌエルは身を屈め、頭上で両手を交差させる。
その悲痛な叫びを聞きながら、私は振り上げた刀身の向きを変えた。
ズシャ……ッ!
すぐ足元に突き刺した大剣は、何かに呼応するかのように薄赤く輝いている。
砂浜に小枝を突き刺した時のような深く沈み込む感触が、刃を通じて私の身体にまで流れ込んで来た。
(うッ……やっぱり頭が痛い……ッ……って事は、『こちら側』はまだ辛うじて私の領域だったって事ね……)
「く……ッ!」
「あね……うえ……?」
マヌエルが、恐る恐る顔を上げる。
涙で濡れた頬が、艶やかに光っている。
泣かないで、と思わず抱き締めそうになる。
そう。
こんな時でさえ、私の心は失われた日々への懐かしさで甘く痛んでしまうのだ。
「……魔女としての貴方の力が凄いのは分かったわ……でも、所詮は人間の脳を経由している以上、そのキャパは絶対に越えられない」
大剣が突き刺しているのは、私の脳のどの領域なのだろう。
視界が急速にぼやけて始めていた。
「貴方が今使っている誰かの脳は、もう限界だわ」
「だったらまた別の人間を探すまでだよ」
無邪気な声。
とても無邪気な----。
「それに『彼』の脳はまだ持ちそうだ……これまでで一番理想に近い構造をしているんだよ」
「そうもいかないのよね」
私は震える手で大剣の柄を握り締める。
引き抜く力はもうなさそうだ。
「言ったでしょ? 私は法王の剣なの……命ある限り法王の命に従い、法王を護るのが役目なのよ」
最後に残った力を振り絞って、私は足元を切り裂くようにして大剣を手前に引いた。
「だからここでその『彼』を壊される訳にはいかないの」
ブシャァァッ!
大きく開いた割れ目から、噴水のように鮮血が吹き上げた。
もちろん、本物の血であるはずはない。
ここは概念の森に過ぎない。
ただの、概念としての私の血に過ぎない----。
それでも、私は自分の脳が急速に活動を止めていくのが分かった。
(あ、これ……マズったかも……)
マヌエルは、呆気に取られているのか動きを止めたままだ。
表情はもう分からない。
(でも、これで……このカラビ・ヤウ空間の均衡は崩せた……と、思う……けど……)
森の崩壊が始まっている。
ニューロンの森が、梢を揺らしながら小さく縮んでいく。
私の血が白い大地を染めていく----。




