贖罪の刻
「……思い出してくれた?」
マヌエルが、私を見上げている。
柴が爆ぜる音は、もうしない。
空を覆っていた煙は消え、私を包んでいた炎はどこにも残っていない。
ただただ白い静かな空間に、私は再び佇んでいた----。
「姉上……モルガーナ姉さん……」
甘く、優しい囁くような声。
遠い昔、庭での午睡から覚めた時のような、遠慮がちな呼び掛け。
「姉上はアイリスなんて名前じゃない……姉上は、モルガーナ姉さんなんだよ」
「そうね……思い出したわ……」
できる事なら、ずっとこうして姉弟でいたいのに。
真実なんて、知らなくてもいいのに。
「姉上に死なない呪いをかけたのは、この僕……だから、これからは二人でずっと……」
「……呪いだなんて、そんな……」
そう言ったものの、言葉が続かない。
そう。
だって確かに、呪い以外の何物でもないのだから----。
「私は……」
私はマヌエルの後を追って何度も死のうとした。
甦るたびに拷問にかけられ、それでも死ねなかった。
「私が魔女だから……魔女にされたから……だからこんな身体になったんだって、ずっと思っていたのよ……」
だからこそ私はあの魔女を----モルガナを憎んだ。
憎む事で、復讐する事で不死という軛から解き放たれる事を願っていた----。
なのに。
これじゃあんまりだ。
「本当の事を言ってくれてありがとう……」
あまりにも強い想いは、呪いとなる。
執着は、軛と化す。
そう、希求こそが----魔女の条件なのだから。
「でも……できる事なら、知りたくなかった……」
許すと言うべきなのだとは分かっている。
昔と同じように顔を覗き込んで微笑みかけるのが、姉としての正解なのだという事も、分かっている。
だが----。
同時に痛いほど理解していた。
もう、あの穏やかな微睡のような日々は二度と戻る事がないのだという事を。
「マヌエル、私は貴方を討つわ……!」
構えた大剣は、とても重くて。
だからきっとそのせいで----視界がぐにゃりと歪んだ----。
「どう……して……?」
「私が魔女アイリスだからよ」
よろめくようにして、少年が一歩下がる。
「そんな……」
少年の張り裂けんばかりに見開いた目に、私はどんな風に映ったのか。
それは、分からない。
分からなくていい。
今日私は知った。
知らなくて良い事も、この世界にはあるのだと----。
「贖罪の時間よ! 魔女マヌエル……覚悟なさい!」
私はストライガ。
私は法王庁の剣。
神に仇なす者を狩るのが役目。
そして私が護るべきなのは----メリッサなのだから。




