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Nein

 観察者。


 そうだ。

 何故もっと早く気付かなかったのだろう。


 初めから魔女のその役割は、呼び名によって暗示されていたではないか----。


 垣根の上の女。

 女庭師。


 どのような言語であれ、魔女と口にした時、森そのものではなくても、そこには木々と草花のイメージが常に付いて回っている。


 だがそれは隠遁でも潜伏でもでもない。

 人の目を逃れるためでもない。


 ただ『そうあるべき姿』として、魔女は森の中にいる。


 恐らくは有史以前から、魔女は観察者として人間と共にこの世界に存在してきたのだ----。


「……姉上も、理解してくれたんだね」


 マヌエルが微笑む。


「僕が何百年もかけてやっと辿り着いた答えをすぐに理解してくれるなんて、姉上はやっぱり姉上だ……流石はグラン・ルーメだね」


 グラン・ルーメ。


 その響きが、私を現実に引き戻す。


「それよ……! そのグラン・ルーメって、一体どういう意味なの!?」


⦅……我らグラン・ルーメの下に……再び集いし時……偽りの王国は崩れ去り……新しき王国が……始まらん……⦆


『そうよ! 私はスヴィトラーナ! はじまりの魔女の……ッ、そう、貴女の血を引く……ッ、グラン・ルーメの力を与えられるべき真の魔女よ……ッ!』


『グラン・ルーメは……私の希望よ……』


 アネモネの予言めいた囁きや、スヴィトラーナの叫び----そして、さっき私が屠ったばかりのニクスの言葉が、頭の中で煩いほどに木霊し続けている。


「これまでのトゥーレ協会の魔女達は皆、グラン・ルーメさえ手に入れたら幸せになれる……願いが叶うって……揃ってそんなような事を言っていたわ」


 私の疑問を、マヌエルは黙って聞いている。

 微笑みさえ浮かべて、次の言葉を待っている。


 あの頃と変わらない無垢な表情で、私の顔を見上げている----。


「グラン・ルーメって、魔女にとってそんなに大事な存在なの? そのグラン・ルーメがもし本当に私の事を指しているのなら……じゃあ、私は魔女にとっての何なの……?」


 そして私は、口にしてしまう。


「私は……何万人もいる、焼かれた魔女の中の、単なる一人だったんじゃないの……?」


 私は、魔女だ。

 法王の剣として魔女を狩る魔女だ。


 例え、なりそこないであったとしても----どんなに否定しても----私は魔女なのだ。


「私は、一体何者なの……?」


 あまりにも根源的な疑問が私の口から出た時、マヌエルは初めて私に向かって首を横に振った。


「違うよ……」

「え……?」


 私はきっと虚を突かれたような顔をしていただろう。

 たぶんそれは、生まれて初めて弟から突き付けられたNein だった。


「姉上は、魔女じゃない」


 この子は、一体何を言っているのだろう?


 私は目を瞬かせた。

 聞き間違いだと思って、無理矢理口角を上げた。


「そんな訳ないわよね?」


 姉の言葉を否定する弟に向かって、屈み込むようにして、もう一度尋ねる。


「マヌエル……私は、魔女なのよね……?」


 どうしてかは分からない。

 ただ、この時ほど自分が魔女であって欲しいと願った瞬間はなかった。


 何故なら。


 その言葉が否定された瞬間、私はこの世で一番恐ろしい答えを聞いてしまう----。


 そう予感したからだ。


「違う」


 そして、その予感は----現実のものとなる。


「魔女なのは、姉上じゃないんだ」

「……どういう……事……?」


 伸び続けるニューロンの群れが、動きを止めた。

 過去と現在と未来が、カラビ・ヤウの空間で凍り付いた。


 しんとした白の只中で、私の弟は自分の胸に手を当てて見せる。


「魔女は……僕だよ」


 今この時自分がどういう顔をしているのか、私には分からない。


 首を振ろうとしても、できなかった。

 Neinの一言はどうしても出て来なかった。


 私はきっと、その表情で全てを肯定してしまっているのだろう。


「知っていたんだよね? 姉上……いや、モルガーナ姉さん……?」


 そう、私はこの瞬間が来るのを----ずっと前から知っていた。

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