姉妹
「……違うわ」
この少女Bは己の半身を失った事を瞬時に感じ取った。
そして私も、己の主人の思考を、まるでその場にいたかのようになぞっていた。
「貴女に、妹なんかいない」
少女B----いや、愚者火の少女の肩が、ピクンと動いた。
「貴女は、初めから一人だった」
「違うッ!」
ぶわり、と蒼い炎がその小さな身体から吹き上がる。
「あの泉にいたのは、貴方のDNAと人格から複製された……偽りの妹……そうでしょ?」
「……違うもん……ッ! あれは、あれは私の……私の妹よ……ッ!」
愚者火の少女は肩を震わせたまま、ランタンを抱き締めた。
「どうしてそんな事言うのよ!? なんの証拠があるの……ッ!?」
少女が言葉を絞り出すたびに、私の全身が粟立つ。
パチパチという微かな音がそこかしこで弾ける。
「……証拠ならあるわ」
法王庁から持ち出された魔女の灰についての調査はまだ終わってはいない。
だが、魔女の特定とその経歴についてなら、ある程度までは判明している。
「貴女は炎の魔女ニクスね? もっともその名前も法王庁に来てから付けられたものだけど」
名前のない魔女----それがこの少女についての数少ない情報の一つだ。
「貴女は、名前どころか洗礼名すら貰えないまま、生まれてからずっと村外れの小屋に閉じ込められていた……」
少女は答えない。
私は言葉を続ける。
「なぜそんな酷い扱いを受けていたのか……それは、貴女が、いえ……貴女達が結合双生児として産まれたからね」
ニクスについての意味のある資料は、ほとんどが村人達の証言であり、魔女審問での尋問内容は、判を押したような魔女としての告白があるだけだ。
(あたりまえよね……だって本当にこの子は、ただの子供だったんだから)
「だから、確かに、貴女が生まれた時……貴女には一卵性の妹がいたのよ」
結合双生児そのものは、現在でもおよそ5万〜20万出生あたり1組程度の割合で発生しているとされている。
自然分娩が難しいためほとんどの出産は帝王切開で行われるが、ニクスの生まれた中世フランス、ましてや貧しい農村ではそんな措置など受けられるはずもなく、母親は分娩中に死亡している。
「産婆に取り上げられた貴女達を見て貴女の父親は狂乱状態に陥り、貴女達に斧を振り下ろした……その一撃で、腰の部分で繋がっていた貴女と妹は、分離されてしまった」
結合双生児として生まれても、生命維持に必要な器官が共有されていない場合には、外科的に分離する事が可能だ。
しかしもちろん、適切な処置がされていれば、という話である。
斧で切り離され打ち捨てられたこの姉妹は、敷き藁の上でその命を終えるはずだった。
「……でも、貴女は、そのまま生き続けた」
恐らくは出血多量で、妹は短い人生をそこで終える。
しかし、生まれた子を亡くしたばかりの母親の妹がニクスを村外れの小屋に匿い、傷の手当をし、密かに乳を与えて世話をしていたのだ。
「……ママンは、小屋の外には絶対に出ちゃいけないって私に言ってた……でも、ママンが小屋からいなくなっちゃうと、私はいつも一人ぼっちだったの」
「だからお願いしたのね?」
狂気は伝染する。
もしもこの子の母親の妹が、我がを亡くした悲しみで狂っていなかったなら、この子もあるいは普通の少女としてその人生を平穏に全うできたのかもしれない。
だが、この子のママンは、狂っていた。
「だから、貴女のママンは……貴女の妹の死体を連れて来てくれたのね?」
狂気は伝染する。
静かに、だが、確実に----。
「そうよ、その日から私達は二人で小屋で暮らし始めたの……」
掘り起こされた死体は、不思議な事にほとんど腐ってはいなかったという。
少女は遠くを見るかのような目になって、口元を綻ばせた。
「私と妹は、幸せだった……」




